俺は緊張しながら良美さんの家に向かった。
今日の午後は良美さんの講義が無かったような気がする。友達と食事をしていたとしても、この時間にはもう帰っているだろう――俺はそう思いながら、良美さんの家にインターホンを鳴らした。
「はーい」
すぐに良美さんの母親の声がインターホンのスピーカーから聞こえてきた。
「あの、山崎です」
「山崎君ね、ちょっと待ってて頂戴」
その声の後、家の中から足音が微かに聞こえてから玄関の扉がガチャリと開いた。
「いらっしゃい、山崎君」
良美さんの母親が、良美さんとよく似た笑顔で俺を迎えてくれた。
これから良美さんと別れ話をすることを考えると、良美さんの母親に笑顔を返すことが出来なくて、俺はペコリとお辞儀をしたまま俯いた。
「せっかく来てくれたんだけどね・・・良美ったらまだなのよ」
「え?」
驚いて顔を上げると、良美さんの母親が申し訳なさそうな顔をして俺を見ていた。
何だよ、帰ってないのか――俺はあまりにも緊張していたので、良美さんが居ないのならこのまま帰ってしまおうかと思った。
「ゴメンなさいね。良美ったら、山崎君と約束しているのに、帰ってくるのが遅くなるみたいなのよ」
マイペースな良美さんのことだから、あまり驚かないけれど――。
「・・・そうなんですか? じゃあ・・・俺・・・帰ろうかな・・・」
「あ、あのね、勝手で申し訳ないんだけど、良美が帰ってくるまで和美と話でもして待って居てくれるかしら?」
俺が帰ろうかと迷っていると、良美さんのお母さんがそう言った。
カズミの名前を聞いた途端、心臓がドキンと跳ねた。カズミに会えたらラッキーだとは考えていたけれど、本当にカズミと会えて、しかも話が出来るなんて・・・。
「和美! 山崎君が来たから」
俺が返事をする前に、良美さんのお母さんがカズミを呼んだ。その途端俺は、さっきまでとは明らかに違う緊張感を味わった。
「わかったよ!」
階段の上の方から、カズミの不貞腐れたような声が聞こえてきた。
急に俺の相手をするように言われて、迷惑がっているのかもしれない・・・。
「え、あの・・・」
カズミの邪魔をしてしまうのは悪いから、どこかで時間をつぶそうかと考えていると、階段の上からカズミが降りてくる姿が見えてきた。
「いらっしゃい、山崎君」
カズミは俺を見つけると笑顔を向けてくれた。俺はその笑顔を見て、自分の頬が緩むのがわかった。
「や・・・やぁ」
カズミに見つめられて、俺は頬が熱くなるのを感じる。マジ、嬉しいかも。
「じゃあ、和美の部屋ででも、時間潰してくれる? 良美もそのうち帰ってくると思うから」
良美さんの母親がそう言って、俺を家の中に招き入れてくれた。
「は、はい。じゃあ、お邪魔します」
嬉しくて顔が赤くなってきたような気がする。俺は下げた頭を上げることが出来なかった。
「こっちだよ、山崎」カズミが階段の上を指差した。
「あ、うん」俺はカズミの後ろについて、ゆっくりと階段を上り始めた。
カズミの部屋で2人きりで話が出来る・・・嬉しいような、微妙に苦しいようなそんな気分だな――俺は階段を上るカズミの後姿を見つめながら複雑な思いでいた。
カズミの部屋は思ったよりも雑然としていて、やっぱり男の部屋って感じだった。
脱ぎっぱなしの制服、ベッドの上に広がっている雑誌類やハンガー、机の上には教科書や参考書が積み上げられていた。
本棚には映画のパンフレットや音楽雑誌が詰め込まれていて、本棚に一角にはCDが並べてあった。何故か、そこだけは整頓されているようだったけど――。
別にカズミに女性的な清潔感を求めているわけじゃないから、そういう所を見て幻滅するとかそういう事ではないけれど。
「適当に座ってて。ちょっと前に帰ったばかりなんだ」
部屋の中を見回していると、カズミがそう言いながら脱ぎ散らかしてある制服を拾い始めた。
「ゴメンな。急に」
やっぱり迷惑だったかも・・・と思いながら、カズミがベッドの上に座ったハンガーに制服をかけている姿を眺めていた。
「別に・・・良いけどさ。それにしてもひでーよな姉貴。山崎に部活サボらせておいて、自分は遅れるからとか勝手なこと言ってさ」
制服をかけたハンガーをカーテンのレールに引っ掛けながらカズミが言った。
カズミは俺の部活のある日を覚えていてくれるんだ・・・そう思ったらやけに嬉しかった。
「え・・・まぁ・・・」
俺がボソボソをそう答えたらカズミがこちらを向いて、ハッとしたような顔をした。
「え・・・っと。あぁ、部活出なくて良かったの? 姉貴の勝手に付き合わなくても・・・」
「今日は休みになったんだよ。先生の都合やら何やらで急にね。だからまぁ、良美さんに呼ばれて、サボったわけじゃないんだ」
本当はサボったんだけど、カズミが心配するといけないような気がして、俺はそう答えていた。
「そっか」
俺が笑顔を見せながらそう言うと、カズミが安心したように頷いた。
「あ、いつまでも立ってないで、座ってよ」
ドアの前に突っ立ったままの俺に気が付いて、カズミが部屋の真ん中にある小さなテーブルを指差した。
「あ、うん。ありがとう」
先に座ったカズミは、テーブルに置きっぱなしだったミュージックプレイヤーとCDをベッドの上にポンと乗せた。
俺は緊張しながらカズミの向かい側に座った。
こんなに近くに・・・しかも目の前に大好きなカズミが居る――俺はどこを見てよいのかわからず、視線を泳がせてしまった。
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