「おはよう。カズミくん」
自分の世界に入りかけた時、やけに爽やかな声が聞こえて来た。
――もう会わないだろう――なんて考えっていた僕は、ちょっと抜けているかもしれない。
だって、通学時間に同じ電車に乗っていたんだから、「また会うかもしれない」と思うほうが自然だったんだろう。
恐る恐る振り返ると、姉貴の彼氏が「やぁ」って言いながら、僕に笑顔を向けていた。
「僕はカズミじゃ無いんだけど?」
昨日に引き続いて、朝の憩いの時間を邪魔された僕は、不機嫌にそう言い返した。
姉貴の彼氏は僕と目が合うと、照れくさそうに頭をかきながら、「ゴメンゴメン」と言った。
――何だか拍子抜けするよな――そう思いながら僕は、もう一度、窓の外に視線を向けた。
「カズヨシ君だったっけ?」
今日はもう、話すネタも無いし…って思いながらボンヤリ窓の外を眺めていると、姉貴の彼氏が嬉しそうな声で話かけて来た。
「そうだよ、カズヨシだよ! …まぁ、もうどっちでも良いけどさ」
いちいち言い返すのが面倒になってしまった僕は、投げやりそうに言った。
「ゴメンな……カズミの方が、君の雰囲気にあってるよな…なんて思っていたから――」
姉貴の彼氏が悪びれる様子も無くそんな事を言った。
どっちでも良いとは言ったけど…そんな失礼な言い方をするのか? 「あってる」って何だよ? 俺ってそんなに女みたいな雰囲気だって言いたいのか!
「あんた、僕がこんな顔しているからってバカにしてるわけ? 僕はこの女顔、すっごく嫌いなんだから!」
僕は腹が立ってしまい、思わず言い返していた。
「え? ・・・バカになんてしてないって。するわけない…」
睨んでいる僕を見て、姉貴の彼氏は困ったような顔をした。
そんな…捨てられた子犬のような悲しい顔されたら、僕の方が悪いみたいな気になってしまうじゃないか。
――それに、まぁ……バカにしていないなら良いんだけどさ――。
「あのさ、所で…」
僕が話し始めると、元気なく垂れていた姉貴の彼氏が、パッと顔を上げ真っ直ぐ僕を見つめた。
「何?」
今度は目をキラキラさせているよ――どうなっているんだか、この人ったら――。
「名前、何だっけ…君の…」
僕の言葉を聞いた姉貴の彼氏は、あからさまに落胆したような表情をした。
まぁ、姉貴にとっては彼氏だけど、僕には殆ど関係ない相手だから、本当は名前なんてどうでも良かったんだけどさ…でも、話する時に、不便じゃない――。
「え。。。あぁ、覚えてくれてないのか…そっか。そうだよな」
どうしてこの人は感情をすぐ表すんだろう? 嬉しい顔なら良いけれど、その顔はやめて欲しいんだけど
なぁ――何だか申し訳ない気持ちが倍増してまいそうだよ……。
「あぁ、えっと、ゴメン」
「うん、まぁ…別に良いんだけどな。俺、山崎卓志(やまざきたくし)って言うんだ」
そうそう、タクシだなんて、ちょっと珍しい名前だなって思っていたんだ。
「ゴメン。姉貴ったらしょっちゅう男が変わるから、僕、覚えられなくて……ぁ…」
僕の言葉に、山崎君の表情がますます曇ってしまい、僕は非常に焦った。
彼氏にしてみたら、絶対面白くない話だったに違いない。僕は軽率だった……。
「やっぱそうだよな…良美さん可愛いから、言い寄ってくる男が多いだろうな――」
「えっと、その、だからって、山崎君と姉貴がすぐ別れるとか、そういう事じゃないよ。山崎君は…今までの彼氏の中で、一番いい奴だと思うし背も高いし、カッコいいし、話しやすいし…」
これでフォローになっているんだろうか? って疑問に思いながら僕は苦し紛れに色々と褒め言葉を連ねてみた。
「いいよ。カズミくんが気にしなくても。俺、平気だから――」
山崎君が、そう言って 力なく笑った。
「うん…ゴメン」
カズミじゃないんだけど…って、今回は言えなかった。
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