−甘嘘別館−  
♪ハッピーエンドのBL小説を連載します♪

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Author:りょう
BL小説を書いてます。
よろしくお願いします☆
別館では18禁小説は連載しません。
本館へ行かれたい方は、コメント等でお問い合わせ下さい。
(メールアドレスをお忘れなく…)

☆おことわり☆ 
「出会わなければ」には、実在のバンド、メンバーと似た人物が出てきますが、実在の人物とは一切関係ありません。

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出会わなければ 100
「ねぇ、鷹人、サチとは・・・あのさ」
 ゼリーのグラスやスプーンを片付け始めたシュンが、考えるような仕草をしながら話始めた。
「・・・」
「・・・サチと・・・付き合うの?」
 シュンが俺に背を向け、テーブルを元の場所に戻しながらそう聞いた。
「サチさんは・・・」
「待って・・・」
 シュンが俺の言葉を止めた。
「え?」
「やっぱり、いいや・・・聞かないほうが」
 シュンが後ろを向いたままそう言った。

「あのねシュン、サチさんは進藤と付き合っているんだ」
 俺の言葉を聞くと、シュンの動きがピタリと止まった。
「何それ・・・」
 振り向いたシュンが、俺を見て不思議そうな顔をした
「俺じゃないんだ。サチさんが好きだった人って」
「・・・じゃあ、なんで・・・あいつ・・・」
 シュンが呟くように言った。何かを考えているような表情だった。
「何でだろう・・・」
 シュンの瞳が、以前のように俺に何かを訴えているようで、急に胸が苦しくなった。


「鷹人・・・」
 しばらく黙って俺を見つめていたシュンの瞳が、見る見るうちに涙で一杯になっていた。
「良かった・・・鷹人・・・」
 椅子に座ったまま両手で顔押さえ、シュンが涙声でそう言った。
「・・・鷹人が生きていて・・・本当に良かった・・・」
 小さな声でそう言うと、シュンはそれからしばらく、声も出さないで泣いていた。俺はどうして良いか分からず、傷が痛むのも忘れてシュンの背中をずっと撫で続けた。

「俺、大丈夫だから、そんなに泣かないでください。心配掛けて、済みませんでした。あの・・・仕事に復帰するまで少し時間が掛かるかも知れないけど・・・」
「・・・良いんだよ・・・仕事の事なんか。俺、鷹人が刺されたって聞いて、すぐに病院に飛んで来たかった。鷹人が死んじゃったらどうしようって思った・・・もし、もう2度と会えなくなったら・・・俺」
 シュンが顔を上げ、ポタポタ流れる涙を拭こうともしないで俺を見つめていた。
「俺・・・鷹人が・・・」
 何かを伝えようとしているのがわかる。だけど、その言葉は、2人の間では、もう言ってはいけないって思っていること・・・。
「鷹人が・・・鷹人が生きていてくれて・・・それから・・・サチが進藤さんと付き合っているってわかって・・・良かった・・・」

「もう泣かないで・・・俺、生きてますから・・・。一緒に良い本作りましょうね。シュンと一緒に仕事が出来て、俺すごく嬉しいですよ」
 そう声をかけて、笑顔を作る。言いたい言葉は心の中で呟きながら・・・。
それから、背中を撫でていた手を、シュンの頬にそっとあてた。
「シュンには笑顔の方が似合うよ・・・」



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出会わなければ 99
「あのさ、これ、買ってきたんだけど・・・。鷹人は花よりこっちの方が良いかな? って思ってさ」
 進藤達が外に出て行くと、シュンが手に持っていた白い小さな手提げ袋を俺に見せた。
「・・・ありがとうございます。何だろう?」
 シュンが渡してくれた袋の中を覗くと、ケーキの箱のようなものが入っていた。
「フルーツゼリーだよ。このお店のゼリーってスゴク美味いんだ」
 シュンがニッコリ笑って俺の事を見つめた。優しい笑顔を見ることが出来て、俺は心からホッとしていた。
「やっぱり花より団子ですよね、俺、嬉しいです」

 箱を出してみると、どこかで聞いたことのあるスイーツの店の名前が書いてあった。シュンもそういう店で買い物をするんだ? なんて思うと、何だかとても微笑ましく思えた。
 シュンは父親なんだから、奥さんや子供の為にデザート類を買うのなんて当たり前の事なんだ――そう思うと、やっぱり切ない気持ちになってしまう。

「食べる? 俺、自分の分も買ってきてるんだ。俺も一緒に食べようかな?」
 箱を見つめ、ほんの少しブルーな気持ちでいると、シュンがやけに嬉しそうな顔をしながらそう言った。シュンの微笑んでいる顔を見ていたら、単純に俺も嬉しくなった。
「はい、頂きます」
 俺が元気にそう答えると、シュンがベッドの足元にある食事用の簡易テーブルをセットしてくれた。
それからシュンは、ガラスの容器に入った、フルーツがたっぷり飾り付けてあるゼリーを、箱の中から出した。
「どうぞ」
 シュンが、プラスチックのスプーンを、小さなビニール袋から出して俺に渡してくれた。
「ありがとうございます」
 俺はスプーンを受け取ると、さっそくガラス容器に被せてある透明のプラスチックのフタを外そうとした。
「・・・てっ・・・」
 背中の傷が引き攣れるように痛くて、思うように力が入らない。こんなに簡単な動作でも傷口に負担がかかってしまい、今は食事の時間も結構辛かったりする。
「気が付かなくて、ごめん・・・俺が開けるよ」
 ベッドの横で椅子に座り、自分の分のゼリーを箱から出していたシュンが、俺の様子に気が付き手を止めると、俺の容器のフタを取ってくれた。
「食べるのは大丈夫?」
「はい・・・でも、押えるのがちょっと――」
 俺がそう言うとシュンが笑顔を向け、俺が食べ終わるまでずっとゼリーの容器を押えていてくれた。
自分だけが食べている事が申し訳ないような気がして、早く食べ終わらなくちゃと思い少し焦ってしまった。


「すごく美味しかったです。俺、幸せ」
 食べ終わると、すぐに俺はそう言った。
美味しかった事だけに対する「幸せ」では無かったので、どうしても言葉にしたかった。
 「生きていた」幸せ、そして、「もう一度シュンに会えた」幸せ・・・




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 98
 その時、病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
 俺が声を掛けると、しばらくしてからドアが開いた。

「シュンさん・・・」
 ドアの陰からシュンが、遠慮がちに病室を覗き込んでいた。
「鷹人・・・」
 俺の名前を呼びながら、一瞬泣き出しそうな顔をしたシュンが、病室にいるサチを見つけると、眉をひそめ、病室に入るのを躊躇した。
「どうぞ、入って下さい」
 サチを見たまま動かないシュンにそう言うと、シュンは小さく頷いてから病室に入って来た。

「やぁ、シュン」
 シュンを見てニッコリ笑ったサチに対して、シュンの表情は険しくなるばかりだった。
「おい、サチ・・・」
「何? シュン」
 サチは何も気にしていないようなのに、シュンの声はいつもの穏やかなモノでは無く怒りに震えているようだった。
「やあ――じゃないだろ? サチ・・・お前が、渡辺さんを誘ったりしなかったら、渡辺さんは怪我なんてしないですんだのに!」
 シュンが顔を歪めながらサチに向かってそう言い放った。シュンが怒っている姿なんて初めて見たような気がする――。

「だからって、シュンが怒る事でもないだろ?」
 サチが冷静な表情でそう言い返した。サチの言葉を聞いて、シュンが眉間に皺を寄せると俯いてしまった。
「シュン――サチさんが悪い訳じゃないんだよ。それに、俺、ちゃんと生きてるし」
 俺がそう言うと、シュンが俺を見て表情を曇らせた。
「俺が悪かったんです。俺が鷹人を誘ったんだし、おまけに酔っ払いの喧嘩を止めようとなんてしたから」
 進藤の言葉を聞くと、シュンが小さく溜息を付いた。
「すみません、此処にいる人を責める事でもないし、俺が色々言う立場じゃ無かったです・・・」
 シュンはそう言うと、進藤とサチの方に向かって頭を下げた。


「さ、俺達はもう席を外そうかな」
 サチがそう言って進藤の背中をポンと叩いた。
「じゃ、お大事に。そうだ、鷹人、オヤジさんには連絡どうする?」
 俺の父親は日本に帰っては来たものの、1年後には移動が決まり、今はまた1人で神戸に行っているのだ。
「いや、心配するからいいや。ありがとうな」
 俺がそう言うと、サチと進藤が「また来るからな」と言って病室を出て行った。




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出会わなければ 97
 サチが進藤と俺に向って穏やかに微笑むと、ゆっくりと話し始めた。
「リュウはシュンから聞いて知ってるらしいけど、俺は見ていて気が付いたって感じかな。だって、シュンが渡辺さんの事を見ている時の目って、恋する女の子みたいだったんだよ・・・でも、他の奴は気が付いて無かっただろうね・・・同性に恋するなんて考えてないからな。俺はきっと剛士に恋していたから、わかったんだろうね」
「俺は全然気が付かなかったなぁ、シュンと鷹人の事も、サチの目も・・・。最初、鷹人に聞いた時、こいつ変な妄想してるのかと思ったもんな・・・」
 進藤がそう言って笑った。
「妄想ってお前・・・」
「剛士って、興味無かったんだろ? 恋愛事に」
 俺が文句を言おうと思ったら、サチが進藤に向かって不機嫌そうな顔をしてそう言った。
「んー、そうだったかも。俺は早く一人前になりたかったから」
「良かった・・・あの頃、告白しなくて」
 不機嫌な顔のまま、サチが言った。
「あの頃言われたとしても、付き合っていなかっただろうね」
「やっぱり?」
「俺、大学に好きな女の子いたし」
 進藤がニヤニヤしながらそう言った。
「う〜聞きたくない! 剛士は意地悪だよな、恋愛に興味無さそうな事言ってたのに・・・」
 サチが視線で俺に助けを求めて来たので、俺は思わず頷いてしまった。
「そうなんだよ、こいつって、たった今優しかったと思うと、次には谷底に突き落とそうとするって感じ?」
 俺がそう言うと、サチがベッドを挟んで進藤の反対側に移動して「そうそう、酷いよ剛士」と言いながら、俺の手をギュッと握った。

「こら! サチ、お前はそうやってすぐ他の男に触るなよ。だいたいなぁ、お前、鷹人にキスしただろう? あそこまでやる事なかったんだよ――」
 進藤が突然怒り出したので、俺は驚いてしまった。進藤もヤキモチ妬くんだ?
そんな進藤にサチが嬉しそうな顔を向けていた。
「・・・ねぇ、剛士、妬いてくれてたわけ?」
「あのなぁ、妬かない訳ないだろ? 惚れたとか運命だとか言って口説いてきたお前が、俺の事務所で鷹人なんかにキスしてんだぞ! いくら芝居だからってさぁ・・・」
「ちょっと、進藤『鷹人なんか』っていう言い方は酷くないか? それに何でそんな芝居して・・・」
「うるさいな! 黙ってろよ。大体、お前がウジウジいつまでも・・・」
 進藤は俺の文句なんて、全然聞こうともしなかった。
俺がその態度に呆れていると、ゴネて子供のようになっている進藤の様子を見ながら、サチがニコニコ笑っていた。
「剛士、俺、すっごく嬉しい」
 そう言ったかと思うと、サチは進藤の側に戻り、しばらくの間、進藤とサチは、俺の病室だっていうのに、イチャイチャべたべたしてくれちゃって、背中が痛い俺は2人の姿が見えない方に身体を向けないと――って状態になって、俺はかなり苦労してしまったよ・・・。
まったく、怪我人に気を遣わせるなよ――。




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出会わなければ 96
 その時俺は、大事な事を思い出した。
サチが進藤の前に飛び出して行った事、進藤がサチを必死に庇っていた事、サチが進藤を「俺の剛士」って言ったこと。
「なぁ・・・進藤」
「何だよ、鷹人」
「お前の恋人って、サチさんなんだろ」
 俺はそう言って、軽く進藤を睨みつけた。
「・・・悪かったよ、黙ってて」
 進藤がバツの悪そうな顔をして、頭をかいた。
「サチの好きな人物がお前だとすると、雑誌に載ってたっていう話の内容に納得出来るよ」
 独り言のように俺が呟くと、進藤はもう一度俺に頭を下げた。
 何でサチと進藤でそんなお芝居をしていたのか――コイツの事だ、何か考えがあっての事だろう――でもその時は、理由を聞く気にはなれなかった。

「病院には、俺から話しておくよ。すまない、鷹人。それから・・・サチを守ってくれて有難う。俺、お前に頭が上がらないな」
 日頃頭が上がらないって思っていたのは俺の方だったから、進藤にそんな事言われ、今日は初めて進藤に勝った――って感じがした。
「まぁ、今度、俺の頼み何でも聞いてくれよ」
 俺がそう言ったら「分かったよ、何でも聞いてやるから・・・」って、進藤が苦笑しながら言った。 


 それから2日後の夕方、進藤がサチと一緒に現われた。サチはいつもの大人っぽい雰囲気と違い、学生みたいな感じで、年下の進藤の方がどう見てもオヤジっぽかった。
「渡辺さん、俺、あなたのお陰で怪我もしもなかったし、面倒な事にもならないで済みました。本当に有難う」
 顔を合わせた途端、サチにそう言われた。
「いえ、サチさんが無事で良かったですよ。何かあったら、進藤に何を言われたかわかりゃしない・・・」
 俺は、少しふざけてそう言ったんだけど、サチは申し訳無さそうな顔をして頭を項垂れた。
「・・・ごめんなさい、騙すような事して」
「酷いですよ・・・俺、マジメに悩んでいたんですからね」
 そうは言ったけど、実はサチの好きな人が俺では無い事がわかって、肩の荷が下りたような感じがしていたのだ。
「本当に、ごめん」
 サチが頭を下げたままでそう言った。
「鷹人、サチを責めないでくれよ。サチはおまえの事考えて・・・」
 進藤が何かを言おうとすると、サチが頭を上げ、進藤の顔を見た。
「・・・え?」
「いや・・・」

 サチと進藤が視線で、何かを伝え合ってるような感じだった。最初、進藤は眉を潜めていたが、サチが肩を叩くと肩をすくめて頷いた。
「ねぇ、渡辺さん、今でもシュンの事、好きなんでしょ?」
 サチの言葉に、俺はすぐには反応出来なかった。やっぱりサチはシュンと俺の事知っていたんだ?
「進藤・・・」
 お前が話ししたんだろ? というような視線を向けると、進藤は首を振った。
「俺が言った訳じゃないぜ」




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 95
 気が付くと俺は、見覚えの無い部屋のベッドに寝かされていた。
窓の方を向くと、風に揺れるカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。今は朝なのだろうか? 俺は何をしていたんだっけ? ここは・・・何処なんだろう?
 全身の感覚が麻痺しているのだろうか――自分の身体なのに思うように動かない。

「鷹人――大丈夫か?」
 聞きなれた声がする。でも、いつもの威圧するような声ではなく、優しい声だ。
「よう・・・進藤。ここ何処?」
 進藤の方に視線を向けた。
「病院だよ」
 病院? あぁ、そうか――思い出した。昨日の夜、サチと進藤と3人で飲んで、楽しい気分でいたのに、どこの誰だかわからない酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたんだ。
意識が途切れる前に聞いたサイレンは、救急車のものだったのだろうか? シュンの腕の中にいたような気がしたけど、あれは幻だったのか・・・。
「お前こそ、大丈夫か?」
 頭に巻かれている包帯が痛々しい。進藤は頭を殴られ、俺は背中を刃物のようなもので刺されたんだ・・・。
「俺は平気。ちょっと切れただけさ」
「そっか」
 俺、死ななかったんだ――もう一度シュンに会えるんだ。そう思ったら涙がでそうだった。


「そうだ、サチさんは?」
「病院に付いて来るって言ったんだけど、マネージャーを呼んですぐ帰したんだ。あいつ今忙しいし」
「そっか。とにかく、サチさんが無事で良かったよ」
「あぁ・・・」
「俺を刺した奴は?」
「逃げられたよ――あのさ、鷹人・・・警察に届けるか?」
「・・・・・・別にいいよ。俺、生きてたし。色々聞かれるとサチさんの名前とか出さなきゃいけないだろ?」
「すまない。俺があの時、勝手に飛び出して行かなかったら良かったんだ。サチも居たのに、あいつの事考えられなくて」
「進藤って、正義感強かったんだな。知らなかったぜ」
「そうか?」
「うそ、知ってる。お前は良い奴だよ」
「お前にそう言われると、ちょっと恥かしいな」
「何だよそれ。マジメに言ってやってるのに」
「・・・ありがとよ。お前もいい奴だぜ」
 進藤が、珍しく照れたように呟いた。




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 94
 それから、仕事の話や芸能界の裏話なんかをして、結構楽しい時間を過ごした。心配していた、サチからの特別な意味での誘いも結局は無く、俺はホッとして店を出た。

 すっかり気分が良くなっていた俺達は、もう一軒行こうか?――と話しながら夜の街を歩いていた。
どこか落ち着いて飲める店は無いだろうかと、店の名前をいくつか挙げていると、その時、反対側の歩道から男女数名の言い争うような声が聞こえてきた。

「奢るだけ奢らせておいて何言ってんだよ!」
「いやよ! 離してったら!」
「最初からそういうつもりだったんだろ? 何純情ぶってんだよ・・・」
 その後、女性の悲鳴が夜中の街に響いた。
 ハッと気が付くと、進藤がガードレールを飛び越え、反対側の歩道に向かって走っていく姿が見えた。サチも俺も、慌ててあいつの後を追いかけようと思ったのだが、少し先の信号が変わり車が動き出してしまい、そこを渡る事が出来なかった。
普段は交通量が多くないはずの道なのだが、その日に限って車が途切れない。

「おい、何やってんだ!」
 進藤の怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるせー! 他人は引っ込んでろ!」
 道を走る車の間から、進藤が殴られそうになっているのが見えた。
「ヤメロ!」
 その時突然、サチがそう叫びながらガードレールを跨ぎ、車の間を縫って反対側の歩道に向かって走って行った。
「サチさん・・・危ない!」
 俺は一瞬出遅れて、一人道路のこちら側に残されてしまった。
「てめー何しやがる!」
 どうにか渡ろうと車の流れを見て焦っていると、俺の耳にサチの声が聞こえてきた。
道路の向こう側を見ると、サチが進藤を殴った奴の胸倉を掴んだのが見えた。
「ダメだ! お前は手を出すな!」
 進藤の声がする。マズイ・・・サチは芸能人だ。こんな事がマスコミに知れたら大変じゃないか――俺は焦ってガードレールを越え、車の間を縫って強引に道路を渡った。クラクションの音が鳴り響いていたが構ってる暇はない。
 道路を渡っている間、進藤がサチを庇っている姿が見えた。その時、もう1人の男が近くの店の前に並べられていた空き瓶を持ち上げて、進藤に殴りかかった。進藤はその場にしゃがみ込んだ。額が切れて血が流れている。
「剛士!」
 サチの叫び声がした。サチは進藤の前にまわり、進藤の額の血を抑え、相手を睨んでいる。

 俺は進藤の横で怯えて動けなくなっている女性を近くの店に避難させた。
「俺の剛士に何しやがる!」
 サチの叫び声が聞こえた。俺の剛士・・・? 一瞬そう思ったが、考える余裕が無かった。
「サチ! やめろ」
 進藤の叫び声と同時に、俺はサチと相手の間に飛び込んだ。
サチを止める事が出来た――そう思った瞬間、俺は背中に激しい痛みを感じた。
「うっ・・・」
「邪魔すんじゃねーよ!」
 振り向くと3人いた相手のうち、2人は既に逃げ出していたが、残りの1人がサチに飛び掛ろうとしていた。俺はそいつに体当たりをして、そのまま倒れこんだ。そいつは倒れ込んだ俺の背中を見ると、顔を顰め、慌てて逃げ出だした。

「渡辺さん・・・」
「鷹人!」
 サチと進藤が俺の傍に駆け寄ってきてた。背中が焼けるように熱い・・・
「良かった。サチさん・・・」
 遠くからサイレンの鳴り響く音が聞こえてきた。

 薄れていく意識の中で、俺は思った。俺は死ぬんだろうか? シュンにはもう二度と会えないのだろうか? もう一度・・・会いたいよ――。
 もし本当に神が存在するのなら、俺の願いを聞いて欲しい。どうか、俺の愛しいシュンに会わせて下さい。そして、もう一度彼に伝えたい。
 ――シュン、今でもあなたを愛している――


 今にも泣き出しそうな顔をしたシュンが、俺を抱き起こしてくれているような気がした。
「シュン・・・ごめんね。俺、今でもあなたを愛しているんだ」




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出会わなければ 93
 酒を飲んでいるうちに、ますます上機嫌になったサチが、Sabelのメンバーになった頃の話をしてくれた。

 Sabelのリーダーのリュウとサチは、大学の軽音楽部の先輩後輩にあたるそうだ。
大学時代のリュウは、色々な事に厳しい人で、例えば誰かが待ち合わせの時間に遅れたりしたら、その場で腕立て伏せや腹筋をやらせるんだそうだ。体育会系のノリが苦手な人間には、とても付いていけない世界だったとか・・・。「音楽をやりたいのに・・・」と言って辞めた部員も多かったらしい。

 そして、サチが大学を卒業する頃、既にインディーズでやっていたリュウが、サチを自分のバンドに誘ってきたそうだ。と言うのも、リュウがその頃やっていたバンドのメンバーは、リュウとの相性が悪いからって、次々に止めてしまっていたらしい。
サチも、あの口煩いリュウと同じバンドでやってくのは嫌だと思って、就職が決まっている事を理由にして断ったそうだ。でも、その頃リュウと一緒にバンドをやっていたナツに、2日間説得され、最後には泣きつかれて、断わりきれなかったそうだ。
「そんな事で、バンドを一緒にやってきて大丈夫だったんですか?」
 メンバー同士本当は仲が悪いんじゃないだろうか? シュンとサチも微妙な感じだし・・・。
「文句を言ってても、サチはリュウを尊敬しているんだよ。シュンもナツもリュウの事を頼りにしてるんだって」
 カラになった俺のグラスに酒を作りながら進藤がそう言った。
「そうそう。リュウは長く付き合うと、すごくいい奴だってよくわかって来るんだ」
 進藤を見てニッコリ笑いながらサチが言った。
「へぇ・・・」
 酔って少し眠くなっていた俺は、進藤がリュウの事について知っていることに、何の疑問を持たずにいた。


 その後、サチがシュンの話をしてくれた。俺はシュンの話を聞ける事が嬉しかった。
「俺がSabelに入ってから2年後位かな? ボーカルの奴が辞めちゃったんだ。それで、ナツが大学時代のバンド仲間のシュンを誘ったんだよ。シュンはその頃、普通に就職してて、公務員なんかやってたんだ。でも、バンド活動はやってたみたい、ライブハウスとかに時々出ていたんだって。そう言えば、シュンの時も、ナツの泣き落としだったかな――」
「俺、ナツさんには、まだ会ったこと無いでんですけど、もしかしてナツさんってSabelの陰のリーダーなんじゃないですか?」
 俺がそう言ったら、サチが可笑しそうに笑い出した。
「そうだねぇ、最初はそうだったかも知れない。でも今ナツは、広報担当みたいな感じかな? 周囲の人の受けもいいし。ナツならリュウの偏った所も上手くフォロー出来るしね」
「なるほどねぇ――それにしても、公務員のシュンて想像できないなぁ」
 もっとシュンの話が聞きたいって思った。俺の知らない頃のシュン・・・。
「うーん・・・あの頃、スーツ姿のシュンに会ったけど、フレームの太いめがねかけてて、ちょっと野暮ったい感じだったね。めがね外した途端、『うわぁ、メチャクチャ可愛い』って思ったよ――あ、一応俺のが年下だけど――まぁ、公務員って職業柄、目立たないようにしていたのかもね」
 サチがそう言ってまた笑った。
 俺の知らないシュンを、この人はずっと見てきたんだ。ちょっと羨ましいような気がする―― 俺の知ってるシュンはホンノ少だけ・・・。




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出会わなければ 92
「サチさんは、今レコーディング中ですか? シュンさんは詩を書いてると言ってたみたいですけど」
「まぁね、俺は曲作りのノルマ達成してるからSabelの仕事は休みなんだよ。他のみんなは終わってないから――。で、来年ソロでCD出すから、そっちの方を今のうちにやろうと思ってね」
「色々やっているんですね」
「出来る時にやっておこうと思ってさ」
「そうですか――あ、ソロ活動って、4人ともそれぞれやっているんですか?」
「まぁ、それなりにね。皆が音楽関係ってわけじゃないけど――リュウはあれでも、絵本を出しているよ。ナツは最近映画に出たっけな」
「へー。大変ですね」
「うん、でも楽しいよ」
 サチは笑顔でそう話していたけれど、有名になって、輝いているうちに稼いでおかないと・・・っていう厳しい現実もあるんだろう――と密かに思っていた。

「・・・あの・・・シュンさんは?」
「シュン? 渡辺さんと本出すじゃない。そう言えば、シュンも前に映画出た事あったなぁ。渡辺さん知ってた?」
「え・・・あぁ、話だけは聞いた事があります」
 カラオケのバイトをやっていた頃、バイトの仲間が、そんな話をしていた事があったっけ。
その話を聞いた日に、シュンがどんな演技をするのか知りたくて、ビデオを借りようと思った事があった。だけど、どこかの美人女優とのキスシーンがあると知って、借りるのをやめてしまったんだ――。
 ――俺は昔の事を思い出して、少し懐かしいような切ないような気分になっていた。

「渡辺さんは、シュンの事が気になるの?」
「え・・・どうして?」
 サチから聞かれて1人で焦ってしまった。横でずっと話を聞いているだけの進藤に視線を送ると、あいつは肩をすくめて―さぁ?―っていう感じのポーズをとっていた。
 サチは、俺とシュンの昔の話を知っているのだろうか?
「ううん、別に。何となくね」
 そう言って、ニコッと微笑んだ。大人っぽいと思っていたはずのサチだったのに、今日はやけに可愛らしく見えた。

 その後もサチは、俺を口説く訳でも、交際を迫るわけでもなく、進藤を含め3人で楽しく飲むことが出来た。




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出会わなければ 91
「こんばんは」
 明るい声が聞こえて、店員の後ろから背の高い男性が現れた。服装や雰囲気がいつもと違うけれど、サングラスを取った瞬間、俺は思わず眉間にシワを寄せてしまう。

「お待ちしてました、サチさん」
 進藤がサチに笑顔を向けながらそう言った。
「連絡ありがとう御座います、進藤さん」
 サチと進藤が視線をあわせ、軽く頭を下げあった。
「おい・・・進藤」
 進藤の方を向き視線を送ったが、進藤は俺の視線をわざと避けているようだった。
「どうぞこちらに掛けてください」
 進藤とサチが笑顔で会話している間、俺は1人笑えないでいた。

「やっと会えましたね、渡辺さん」
 サチが笑顔で話し掛けてきたのだけれど、俺は笑顔を返す事が出来なかった。
「どうも」
 軽く頭を下げてから、進藤にもう一度視線を向ける。
「進藤、何で勝手に・・・」
「鷹人、俺のお願い聞いてくれるんだろ?」
 進藤がそう言ってニッコリ笑った。
「渡辺さん、進藤さんを恨まないで下さい。俺が頼んだからなんだ。俺が、渡辺さんに会いたいって・・・」
 サチがそう言いながら俺を見て微笑んだ。
「な? 鷹人。そんな不機嫌な顔するなよ、サチさんに失礼だろ?」
 俺は返す言葉が無かった。確かにココで怒り出したり、帰ってしまっては、大人気なさ過ぎる・・・。
「分かったよ」
 今日の進藤は、最初から妙に機嫌が良かった――俺に奢るなんて、珍しいことするし。
計画的犯行としか言いようが無い・・・もっと早くに気が付くべきだった。

 しばらくすると、進藤がオーダーした料理と酒が運ばれて来た。
さっきの店でかなり食べてきたはずなのに、酒のつまみというよりは食事のようだ――。
「進藤さんがオーダーして下さったんですね?」
 サチが進藤の方を見ながら言った。
「えぇ、サチさんがお腹すかせているんじゃないかと思いまして」
「有難う御座います、ハラペコなんです。スタジオから直行なんで」
 進藤がサチの前に温かい料理がのっている皿を移動させた。それから、3人分のグラスにビールを注いでいく・・・。
 その様子を見ているうちに、大人の気遣いの出来る進藤に、俺はいつまでたっても敵わないような気がした。でも、俺だって、これでも大人だ。場の雰囲気を悪くするような事はしたくない。とにかく、差し障りの無い会話でもしてやろうじゃないか。




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 90
「こんな所も、たまにはいいだろ?」
 進藤が嬉しそうな顔をしながら俺を見ている。これは何かの嫌がらせか? こんな店で俺が奢るって言うのか――。
「まぁ、たまには良いけど――で・・・俺が奢るんだよなぁ?」
 情けないけど恐る恐る聞いてみた。俺の態度を見て、進藤は「稼いでいるんだからケチケチするな」って言いたげな顔つきだ。だって、酒にあまり強くない俺と違って、進藤は底抜けだ――考えただけでも気が遠くなるじゃないか。
「いや、『奢ってくれ』なんて言ってないよ」
 進藤が俺の頭をポンポン叩きながらそう言った。正直ホッとしたけれど、どちらにしろ割り勘・・・安くは無いんだろうな――。
でも・・・日頃の感謝をカタチに表さないといけないんだよな・・・まぁ・・・仕方無いか。

「なぁ、お前の頼みってなんだよ?」
「とにかく入ろうぜ」
 俺の問い掛けを無視したまま進藤は、俺を残してさっさと店の中に入っていった。
「待てよ」
 置いて行かれまいとして、俺も急いで進藤の後から店の中に入った。

 ドアを開けた途端、正装した店員達が並んでいて、進藤と俺に丁寧に挨拶してくれた。
――すっげ、高そう・・・――俺は心の中で呟いた。
 進藤が何かを言うと、店員はすぐに俺達を、店の奥の方に案内して行った。
そして店員が俺達を連れて入ったのは、俺と進藤の2人だけの為には、ちょっと広すぎる位の個室だった。

 進藤がメニューを見て注文をした後、俺は進藤に訴えた。
「なぁ、ちょっと落ち着かないんだけど・・・なんでこんな個室なわけ?」
「ん? あんまり人目につかない方が良いと思ってな」
 進藤の言い方に、やけにドキドキしてしまった。お前が何で、人目を気にする必要があるんだよ?
進藤・・・お前は、この部屋で一体何をする気なんだ――

 一瞬、部屋の中に気まずい空が流れた。ちょうどその時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきて、俺達はドアの方に顔を向けた。
「お連れの方がお見えになりました」
 店員が進藤の方を見てそう言った。
「え?」
 事情の飲み込めていない俺は、どういうことだ?――と進藤に顔を向ける。
進藤は含み笑いをしてから店員に頷いた。




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出会わなければ 89
 仕事の話が一段落した頃、進藤が急に思い出したように、今の俺が話題にしたくない事を話し始めてしまった。

「最近どうだ? 彼女とは上手くいってるのか?」
「まぁ、ぼちぼち。彼女も忙しい人だし」
「結婚とか考えてないのか?」
「ん・・・・まぁ、そのうちね。まだいいかな、今仕事が楽しいし」
「そっか、なぁ、その彼女って――」
 その後、彼女と出会った時の事など色々と細かく聞かれ、次第に俺は嘘をついているのがイヤになってしまった。「全部過去の話です」って白状したくなっていた俺は、話題を変えるタイミングを見計らっていた。

「お前こそどうなんだよ? 女いる?」
 やっとの事で進藤に話を振る事が出来た。どうか頼むからこの話に食いついてくれ・・・。
「恋人はいるさ」
 進藤がアッサリ答えた。その表情がやけに嬉しそうで、ハッとした。人の話を色々聞き出そうとしていたのは、進藤が自分の話をしたかったからなんだ――俺はその時になってやっと気が付いた。

「知らなかったなぁ、お前いつの間に恋人つくってたんだよ」
「そうだなぁ・・・半年は経ってないかな」
「全然気が付かなかったよ。なぁ、進藤って、どんなタイプが好きだったんだ?」
 そう言えば、今まで進藤の恋愛話なんて聞いた事が無かったような気がする。
「年上で、頭が良くて、カワイくて、スマートな感じがいいな」
 進藤がメチャクチャ嬉しそうな顔をしながらそう言った。
「それってタイプって言うより、もしかして恋人の事?」
「ははは。そうそう」
 驚いた・・・進藤もそういう「恋する男の顔」が出来るんだ? 何だか意外な感じがして、知らない奴と飲んでいるような気にさえなってくる。
「年上だったんだ?」
「そ、めちゃくちゃ惚れられちゃってね」
「え? お前が?」
「なんで驚くんだよ」
「だって・・・いや・・・」
 背が高くてガタイも良く、おまけに頭も良くて、おしゃれだし、顔も十人並み以上だし・・・ってそうか。今までそういう目で見ていなかったから、全然わからなかったよ。お前は女にモテても、不思議じゃ無いような奴だったんだ。

「お前の恋人の話なんて、初めて聞くような気がする」
「鷹人が今まで聞いてこないからだろ? 多分、話した事無いと思うよ。だって、俺ってずっとお前の相談役だったもんなぁ」
 言われてみればそうかもしれない――ちょっとだけ年上で、色々助言をしてくれる進藤に、俺はずっと甘えっぱなしだったような気がする。
 まぁ、多少ひねくれた所もあるけどな・・・。

「いやぁ、いつも有難う――感謝してるよ」
 こうやって俺が自分の腕で金を稼げるようになったのも、進藤が俺を引っ張ってくれたおかげだよ・・・。
「感謝しているなら、今日はその礼として、俺の頼みを聞けよな」
 進藤がニッコリ笑ってそう言った。何だか嫌な予感がする・・・。
「何だよ? 内容によるけど・・・?」
 俺の焦ったような顔を見逃す進藤じゃない。ニッコリ笑顔が何かを企むような笑顔に変わっていた。
「まぁ、次の店行ったらな」
 次の店だって?
「わかったよ、次は俺が奢れば良いんだろ?」
 その問いには答えが無いまま、時計を見た進藤が「次に行こうか?」と言って席を立ち、さっさと精算を済ませてしまった。

 よくわからないが、とにかく次の店は俺が奢る事になりそうだから、俺の顔なじみの店に行く事にしよう。そう思って進藤に話し掛けているのに、進藤は俺の意見など聞こうともせず、どんどん先に歩いて行ってしまった。
 そして、仕方なく進藤の後から付いて行ったら、あいつは、いかにも高そうでやけにお洒落な雰囲気の店前でピタリと足を止めた。




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出会わなければ 88
 夕方近くなって目が覚め、朝から何も食べていなかった事を思い出した俺は、弁当を買いにコンビニに行くことにした。
 店内に入り、雑誌の棚に目をやると、シュンの言っていた週刊誌が並んでいるのに気が付いた。棚の前に行ってその雑誌を手に取り、ページを捲ろうとして考え直した。
 サチの気持ちを知ったからと言って、俺の気持ちは何も変わらないだろう・・・。俺は、サチとは付き合うつもりは無いのだから。
 雑誌をもとあった場所にもどすと、弁当とビールを買って家に戻った。
 食事の後は、やり残していた仕事に取り掛かる事にした。何も考えないように、ひたすら筆を動かす事に集中した。


 それから数週間、俺の周りには特に変わった事は起きていなかった。
仕事も順調だったし、今のところシュンが曲作りで忙しく、本の件については暫く保留の状態になっていたので、精神的にも落ち着いて過ごす事が出来ていた。
 ただ、進藤の所に行くと相変わらず、「サチの仕事が一段落したら食事に行ってやってくれ」としつこく言われて困っていた。
 サチが雑誌に発言した件で、Sabel関係のネタがしばらく他の雑誌でも続いていたが、相手が一般人だから、それ以上のコメントを一切しないと事務所からの通達もあり、彼らの芸能ネタは、いつのまにか消えてしまったようだ。


 ある日の夕方、締め切りギリギリだった絵を仕上げて事務所に行くと、久しぶりに進藤が飲みに誘ってきた。その日は、珍しく進藤が奢ると言って、事務所の女の子も2人つれて居酒屋に行く事になった。奢りと言ったって、多分事務の女の子にだけだろうと思っていると、俺にまで奢ってくれると言い出した。酔った進藤はあてにならない・・・帰るときまで覚えていてくれるとよいのだが。

 女の子達が「用事があるから――」と帰った後も、俺と進藤はしばらく仕事の話をしながら飲んでいた。



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出会わなければ 87
 シュンも俺も、しばらく黙ったままだった。
「でも・・・」
 どうしてそんな事言ってしまったんだよ・・・サチ・・・。再びサチに対する不信感が強くなる。でも、それをシュンに言う訳にはいかなかった。サチはシュンの大事な仲間には違いないんだから。
「ごめんな、サチったら・・・」
 受話器から申し訳無さそうな声が聞こえてきた。
「シュンさんが謝る事ないですよ。大丈夫です。彼女はそんな話聞いても、気持ちが揺れたりしない人だから。俺から前もって話しておきます」
 ジョアンは、明日には日本を出てしまうだろう・・・いや、ジョアンはもう俺の彼女では無いし、俺の元には戻らないのだから、サチの発言なんて心配する事じゃない。俺1人が動揺しないようにしていれば良いだけだ。

「そっか、良かった。それじゃ」
「シュンさん?」
「なに?」
「心配かけて済みません」
「気にしないで。鷹人は俺の大切な友達だから」
「ありがとう・・・シュン」
 電話を切った後、俺は胸が苦しくなった。「大切な友達」って言葉の中に違う響きがあったから。そう思ってしまうのは、俺がまだ、彼の事を好きだからなのだろうか?
 例え、その違う響きが、俺の思った通りのモノだとしても、俺達は2人が寄り添う事はもうあり得ないんだ。

 その後、仕事もする気が無く、もう一度ベッドに潜り込んだ。
シュンの声が耳の中に残っている。「鷹人は俺の大切な友達だから」――俺の大切な人だから――。
 大好きなシュンの身体を、もう一度この腕の中におさめることが出来たなら――。
そう思ってから、もう1人の自分が溜息を付く。――何度同じ事を繰り返すんだ?





サチの載った雑誌記事について話す、シュンとマネージャーの会話が覗けます
出会わなければ 86
 シュンに電話を掛けるかどうか迷った。でも、この時間では早すぎるだろう・・・それに・・・今はシュンの声も聞きたくなかった。
 とにかく疲れた・・・早く自分のベッドで眠りたい。そう思った俺は、留守電の内容を消去するとベッドに向かった。

 着ていた服を脱ぎ捨て、そのままベッドに潜り込んだ。すぐに身体が温まってきてあっという間に眠りについていた。
 そして、電話のベルが俺を呼び起すまで、俺は夢も見ずにぐっすり眠っていた。


 眠りが浅くなっていたのだろうか? 居間の方で鳴っている電話の音で目が覚めた。時計を見ると、既に10時をまわっていた。
 まだ眠り足りなかったが、急にシュンからの留守電の内容が気になり、ベッドから起き上がって電話のある方へ向かった。

「はい渡辺です・・・」
 受話器を持ってそう言った自分の声は、寝ぼけてかなり掠れているような気がした。
「あ、ごめんね。寝てたのかな? 澤井です」
 シュンの申し訳無さそうな声が聞こえてきた。やっぱりシュンからだ・・・。
「いえ、今起きたところです」
「そっか・・・あの、今電話してて平気?」
「はい、大丈夫ですよ」
 何となく素っ気無言い方になってしまうのは、シュンの事を意識し過ぎているからだと思う・・・。
「えっと、彼女は傍にいるの?」
「いえ」
 何で彼女のことを気にしているんだろう?
『泣きだしそうな顔をしてた』と言っていた、ジョアンの言葉を思い出していた。いや、まさか・・・

「それがさ、サチが昨日発売されたある雑誌に載ってたんだけど・・・」
 歯切れが悪い言い方だった。サチが出てる雑誌がどうしたって言うんだろう?
「えっと・・・それで・・・?」

「俺も読んでみたんだけど、その芸能雑誌のインタビューでサチがカミングアウトしちゃってたんだ」
 突然の言葉に少し動揺する。
「カミングアウト? 何をですか・・・」
「好きな男性がいるって」
「え・・・」
「マネージャーも事務所の人も、そんな事サチが話していたの知らなかったらしいんだ。いつの間に? って言ってたんだけど・・・。まぁ、それはいいや。それで、サチが好きな相手の男性っていうの・・・その・・・俺は、鷹人だと思うんだ――それで、鷹人と彼女に迷惑かからないと良いって思って・・・。事務所の人も、相手については見当がつかないみたいだから大丈夫だとは思うけど・・・雑誌の記者って、色んな手を使うから」
 サチの行動が理解出来なかった。何で雑誌でそんな話しているんだ?
「サチさんが・・・?」
「どうもあいつ、ずっと前から鷹人の事好きだったらしい。俺達が会った、あの頃から」
 シュンに会った頃・・・? そんな前から――だけど、俺はサチの記憶は無い。
「・・・サチに会った事あるのかな? 俺」
「時々、俺が一緒にあのカラオケBOXに連れて行ってた」
「そんな・・・まさか――」
「ずっと会いたかったんだって」
 そんな話、シュンから聞きたくなかった。
 サチが俺に会いたかったなんて? ずっと前から俺の事を好きだって?



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出会わなければ 85
 窓の外は、薄っすらと明るくなっていた。
「もう会えないと思うけど、元気でね。タクト」
 そう言って俺を見つめるジョアンの瞳には、もう俺は写っていないような気がした。ついさっきまでの情事が遠い昔の事のように思えてしまう。
「ごめん、ずっと言ってなかったけど、本当の名前は、タカトって言うんだ」
 今更言ったって、何も変わりはしない――わかっているけど、本当の事を言って別れたかった。
「うん、知ってたわ」
 何でもない事のように彼女が言った。きっとジョアンにはわかっていたんだ・・・俺の中には、触れられない何かがずっと隠してあったってこと。
「そっか――」
「愛してたわ・・・タカト」
「俺も、愛してたよ・・・ジョアン」
「ありがとう・・・」

 彼女に対して、初めて『愛』という言葉を言った。もっと早くに言ってたら、俺も変われたかもしれないのに――。


 明け方の街の中をタクシーに乗って家に向う――。
運転手に行き先を告げた後、俺はシートに深く座わり目を瞑った。色んな意味で疲れきっていた俺は、いつの間にか眠りの中に引き込まれていた。

「お客さん? この辺ですよね」
 運転手の声で目を覚まし、窓の外に視線を移すと、すぐ先の信号をこえた所に俺のマンションが見えていた。
「信号を渡って、あの角の手前で降ろして下さい」
「わかりました」
 タクシーが目的の建物の前に到着すると、俺は重い身体を起こし、運転手に金を払ってタクシーを降りた。 マンションの中に入りポストを覗いて見ると、すでに朝刊が配達されていた。

 自分の部屋にどうにか辿り着き、部屋の中に入った。とにかく眠い――やる事は色々あるけれど、取りあえず眠りたいと思い、寝室に向かうために居間を横切った。
 電話の横を通った時、ランプが点滅して留守電にメッセージが入っている事を知らせていた。条件反射のようにボタンを押してしまってから、俺は後悔していた。

『こんな時間にごめん、澤井です。ちょっと話しておきたい事があったんだけど・・・また、明日にでも電話します』
 シュンからの伝言だ――。伝言の入った時刻は午後11時半頃、俺がジョアンとベッドに居た時間だ。


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出会わなければ 84
 ホテルの部屋に入ると彼女が俺に抱きつき、キスを仕掛けてきた。
「ね、抱いて・・・タクト。貴方が欲しいの」
 彼女と付き合っていた頃も、いつも彼女の方から誘ってきた・・・そして俺は彼女を拒めない――。
「いいよ」
 シャワーを浴びるのももどかしくて、キスをしながら服を脱ぎベッドに雪崩込んだ。

 久しぶりに抱いた彼女の体は、前と変わらずに柔らかくて、暖かくて――ここが俺の居場所なのかもしれない――って思った。
 その時、彼女の側にいることが、自分の幸せなのではないか? そう思った。
 彼女の事を抱きしめたまま、髪を撫でる。彼女が気持ち良さそうに瞼を閉じた。

「ねぇ、ジョアン。俺と一緒にならない?」
 俺の口から、突然そんな言葉が出ていた。シュンの事も、サチの事も、その他の様々な事も何も考えられずにそう言った。
「タクト・・・ありがとう。嬉しいわ――」
 「嬉しい」と言ったはずなのに、彼女の声はちっとも嬉しそうではなく、どちらかと言うと悲しげだった。
「でも・・・ごめんなさい」
「そっか」
「ごめんね、私からこんな風に誘ったのに・・・」
「いや・・・良いんだよ」

 何だ・・・勘違いだったんだ・・・。俺の気持ちも、ただの勘違いなんだ、きっと――

「あのね、ホントは私結婚するの。来月」
 俺にはその言葉が、どこか意識の遠くの方で聞こえてるようだった。
「・・・おめでとう、ジョアン」
「ありがとう」

 彼女の体から腕を放し、ベッドに起き上がって頭を掻く。
「バカだなぁ・・・俺」
「何? タクト」
「いや、何でもないよ」
「タクト? あなたの大切な人は?」
「大切な人?」
「彼はあなたのことが、とっても好きよ」

 彼――ジョアンは確かにそう言った。どうして俺の好きな人が男だって思ったんだろう?
「何だよ・・・それ?」
 彼女に何か話したことがあっただろうか? 好きな人の話なんて口にしたことは無かったはずだ。
「タクトの好きな人って、今日会った彼でしょ?」
「・・・何で」
「いつも描いてたじゃない、彼のこと。思うように絵が描けなかった時とか、何か嫌な事があった時に必ず――。あの人に会って、すぐに分かったわ」
「そっか・・・」
「そうよ。あなたって結構分かりやすい所あるのよ。自分では気付いていないでしょうけどね」

 俺は少し恥かしかった。彼女は俺の事を良く知っているのに、俺は彼女の何を知っているんだろうか?

「彼の目がね、私を見て泣き出しそうだったわ。ちょっとイジワルしちゃったけどね。私」
 シュンは、あの時そんな顔をしていたのか? でも、いくらジョアンがそう思ってくれても、俺とシュンは・・・いや、彼女に泣き言をいってもしょうがない事。
「彼とは、何でもないんだ。俺の片想いかな」
「そうなの?」

 ジョアンが何か言いたそうだった。
「いいんだ。彼の為に仕事ができれば・・それで」

 それから、もう一度抱き合った。そして、交替でシャワーを浴び、俺は家に帰ることにした。
 眠りたい、何も考えたくない――。



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出会わなければ 83
 何でも食べられるから――と言って、ジョアンが色々な物を注文した。
 焼き鳥、お刺身、大根サラダ、餃子に春巻き、ゲソにから揚げ・・・なんだか学生時代の飲み会で食べたようなものばかりだったけど、ジョアンはどれも「美味しい」と言って目を輝かせながら食べていた。

 寿司や中華料理を食べる機会の多い今のアメリカ人は、箸も上手に使う。
ニューヨークに行ったばかりの頃、外食した時に気が付いてオヤジに話したら「外国の人は箸を使うのが苦手だと思っていたから、俺も最初はかなり驚いたぞ」とオヤジが言っていた。
 ジョアンの方が、日本人の俺よりも正しい箸の持ち方をしているかもしれない。

「ねぇ、“あつかん”が飲んでみたいわ」
 彼女の希望で、日本酒も飲んだ。ジョアンは前からかなりの酒豪だったから、顔色も変えずに飲んでいたのだが、酒にあまり強くない俺は、彼女を送ることを考えて控えめにしておいた。

「まさか会えると思っていなかったわ。タクトは連絡先も教えてくれなかったものね」
「ゴメン・・・」

 離れ離れになってしまえば、もう2度と会う事も無いだろうと思っていたので、連絡を取るつもりが無かったのだ。
「こうやって会えたのも、運命なのかしらね?」
 ジョアンが問い掛けるような視線で俺を見た。
「そうかもね」
 彼女がどう考えているのかわからなかったけれど、そう答えて微笑み返した。胸の奥がズキンと痛かったのは、本心では無いからなのだろうか?

「そういえば、ずいぶん感じが変わったよね」
 あの頃は、髪も目もブラウンだったのに、今では髪は鮮やかなブロンド、そして瞳はブルーっぽく見える。いかにも「外国人」って感じだ。とても似合うけれど、俺と付き合っていた頃よりも、綺麗になったようで、少し近寄りがたいものを感じた。
「うふふ。前より若くなったと思わない?」
「あぁ、そうだね。ビックリしたよ」
「だって、年なんてとっていられないもの――」

 彼女が悪戯っ子のような顔をして微笑んだ。
 それから、お互いに、別れた後の事を色々と話していた。他愛の無い会話が続いたけれど、彼女と話をするのは肩が凝らないしとても楽しい。
 そして、積極的にバリバリ仕事をしている彼女は、今でも尊敬すべき存在だと思った。

 2時間位飲んでいただろうか? いつの間にかジョアンは俺に寄りかかりながら俺の左手を両手で包むように握り締めていた。
「ねぇ、タクト、私のホテルに来ない?」
 ジョアンに言われ、戸惑ってしまう。
「いや・・・送っては行くけど・・・。ちょっと仕事残ってるし――」
「来て欲しいのよ。もう会えないかもしれないから」

 悲しげな彼女の微笑に誘われるように、俺は彼女を連れて店を出ると、タクシーをつかまえ、彼女の泊まっているホテルに向かった。
 タクシーの中でも、ジョアンは俺の手をずっと握っていた。懐かしい彼女の温もりを隣に感じ、安心しきっている自分に気が付いた。彼女となら、普通に将来を考えられるのではないだろうか――



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出会わなければ 82
 それにしても日本でジョアンに会うとは思わなかった。ましてや、シュンの目の前でなんて・・・。
 もしかしたら、誰かが俺に、「いつまでもシュンの事ばかり考えるな!」って伝えようとしているのかもしれない。――わかってるよ・・・この仕事が終わるまでだけだから――。

 さて、ジョアンを何処に連れて行ってあげようか? 確か寿司が気に入っていたはずだ。
ニューヨークで食べたような「いかにも外国人が好きそうな寿司」じゃなくて、本物の寿司を食べさせてやろう。 

 30分位が過ぎただろうか? ジョアンが彼女の事務所の人達と一緒に、エレベーターから降りてきた。
「タクト、お待たせ!」
「やぁ、ジョアン」


「それじゃ、私は今日は彼と食事に行くから」
「分かったよ。明日もあるんだから、あんまり羽目を外すなよ」
「分かってるわよ。じゃあね」

 ジョアンの仲間達が手を振りながら建物から出て行った。

「じゃ、行きましょ。タクト」
「うん。行こうか」

 ジョアンが腕を組んできた。こうしていると、あまりにも自然で、彼女と別れてしまった事が、嘘のように思えてしまった。

「ねぇ、何処に連れて行ってくれるの?」
「寿司屋なんてどうかな? って思ってるんだけど・・・」
「残念、もう昨日食べに行ったわ」
「そうなんだ・・・じゃあどうしようかな」
「あのね、私行ってみたい所があるのよ」
「どこ? 言ってみて。連れて行ってあげるよ」
「“いざかや”っていう所」
「え・・・まぁ、いいけどさ」


 駅の周りにある居酒屋を何軒か覗いてみた。
彼女のイメージに合うようなオシャレな感じの居酒屋に行こうと思ったのだけど、そういう店はジョアンがお気に召さないらしくて、4軒くらい見て回ってやっとOKしてくれた店は、サラリーマンとか大学生が沢山居る、ごく普通の居酒屋だった。
「ここでいいの?」
「えぇ。こういう店に来てみたかったのよ」

 いかにも大人の女性――という雰囲気のジョアンが、急にが子供のように無邪気な笑顔を向けた。



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出会わなければ 81
「あの人――」
 ジョアンが立ち去った後、しばらく黙っていたシュンが急に話し掛けてきた。
「え?」
「ジョアンって、渡辺さんの彼女でしょ?」
「え・・・まぁ」
 そうだ、俺は彼女とまだ付き合っている事にしていたんだ。いいんだ・・・これで・・・。
「綺麗な人だね」
 そう言ってシュンがニッコリ微笑んだ。
「有難うございます・・・俺にはもったいない位な人なんです」
「・・・すごくお似合いだったよ」

 エレベーターのドアが開き、シュンと2人で乗り込んだ。
「ニューヨークで知り合ったの?」
 シュンがジョアンの話を続けた。俺はあまり話したくは無かったけれど、答えるしかない。
「ええ、近所のパーティーにたまたま呼ばれて、そこで会いました」
「ふーん・・・鷹人から声掛けたの?」
「いえ、彼女、すっごい積極的だったんですよ。俺が口説き落とされた感じかなぁ」
「そっか・・・すごいね鷹人」
 話をしているうちに、『渡辺さん』から『鷹人』に変わっていた。嬉しい事なんだけど、ほんの少し胸が痛かった。
「別に、俺が凄いわけじゃないですよ」
「俺、鷹人の彼女が、外国の人だなんて、ちょっとビックリしたよ」
「・・・そうですか?」
「うん、何となくね」
 お互いに顔を見れなくて、エレベーターのドアを見つめながら会話をした。
「なんかさ、英語話してる鷹人って、別人みたいだったな」
 シュンがポツンとそう言って、俺の方を向いて可笑しそうに笑った。
「え・・・どうして?」
「何となく。いつもどっちかって言うと、ゆっくり話してるじゃない、英語だとすごく早口に聞こえるからさ――」
 英語話してる時は、人格も変わるのかな? なんて言ってシュンが笑った。

「それじゃ、お疲れ様でした。俺ここでジョアンと待ち合わせしてるので――」
 1階でエレベーターを降り、シュンに挨拶した。
「そっか、残念。時間あるかな? って思ったんだけど」
 ジョアンが来るまで時間があるとは思うのだけど、シュンにはその事が言えなかった。
「すみません」
「じゃ、又今度ね」
 シュンがエレベーターの方に戻っていくのを見送っていた。シュン・・・まだ、俺と話をしたかったのかな? そう考えてから頭を振った。俺、何、図々しい事考えているんだろ?




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出会わなければ 80
 部屋を出て、廊下を歩きながらエレベーターへと向う。またシュンが当たり前のように一緒に来てくれた。なんだか少しくすぐったい気分だった。
 シュンと一緒に他愛の無い話をしながらエレベーターを待っていると、少し先にある部屋のドアが開いて、中から背の高い金髪の女性が出てくるのが見えた。


「タクト?」
 部屋から出てきた女性が俺を見つけて、こぼれるような笑顔を向けながら俺の名前を呼んだ。
俺の隣にいたシュンが、驚いたように俺を見上げた。
「やっぱり! タクトね」
 近寄って来た彼女を見つめる、誰だろう? 俺を見ている彼女の目がキラキラ輝いていた。
「もしかして、ジョアン?」 
瞳の色が違う。カラーコンタクトにしたのか? 髪の色だってこんなに鮮やかなブロンドでは無かった筈だ。
「久しぶりね!」
 ジョアンが俺の体に腕を回し、両頬にキスをした。柔らかい彼女の感触を懐かしく思った。
「どうしたんだよ?」
「あなたを追ってきたのよ?!」

 俺の問いに、ジョアンがウィンクをしながら答えた。
「え・・・?」
 驚いている俺に満足そうな顔を向けてから、ジョアンが、俺の隣に並んでいるシュンに視線を移し、ニッコリと微笑んだ。
「なんてね、嘘よ。仕事できたの。うちの事務所のグループが日本でも人気が出てきてね。その事でちょっとね。タクトは? 音楽事務所で何してるのよ」
「仕事に決まってるだろ? シュンの・・・あ、彼は日本で有名なバンドのボーカリストなんだけど、この人の本にイラスト描くんだ」
「そうなの?」

 それから俺は、シュンにジョアンの事を紹介した。ニューヨークにいた頃の友人だって。
その後、シュンを紹介すると、ジョアンがさかんに「可愛い」を連発して、シュンにハグしていた。
 シュンは、背の高い彼女に抱き付かれて、ちょっと困った顔をしていた。

「ねぇ、タクト、もうすぐ打ち合わせ終わると思うから、何か美味しいもの食べに連れて行ってよ」
 ジョアンがそう言って俺の腕に自分の腕を絡ませた。
「え、良いけど・・・」
 突然の再会に驚きながらも、彼女の可愛らしさと強引さに安堵感を覚える。
「良かった。愛してる! タクト」
 そう言ってジョアンが俺の頬にキスをした。その瞬間、目が合ったシュンが、慌てたようにて視線を外した。何だか胸がチクチクと痛い――。
「あ・・・あのさ、1階のロビーのところで待ってるから」
「ソファーがあった所ね?」
「そう」
「分かったわ。あ、急がなくちゃ、後でね」

 ジョアンが手を振りながら急いで廊下を歩いていった。




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出会わなければ 79
その後、俺はシュンに、考えてるものをまとめて案として出してみる事を進めた。形になっていれば、他の人達も反対しなくなるんじゃないだろうか――って。
「せっかくやりたい事があるのなら、自己主張しておかないと・・・。だって、これは、シュンさんの本なんだから」
「そうだね・・・有難う。鷹人」
 俺の言葉に、シュンが力強く頷いた。

 雑談を含めたシュンとの打ち合わせの時間は、あっという間に過ぎていった。
結局、伊東さんは打ち合わせが終わる頃にちょっとだけ来たけれど、本の件については何の意見も言わなかった。
 マネージャーの仕事は色々と大変なのだろう・・・伊東さんは挨拶を済ませると、再び慌しく部屋を出て行ってしまった。

「渡辺さん」
 帰る用意をしていると、シュンが声を掛けて来た。
「はい?」
「携帯番号を聞いてもいい? 仕事の連絡も携帯にしようかと思って・・・」

 シュンにそう言われ、俺は少し迷っていた。
 今、仕事関係の連絡は、全て家の電話の方に掛けてもらうようにしている。それは、いつでも何処にいても掴まってしまう携帯っていうのが、俺はあまり好きでは無いからだ。
 仕事の関係者で俺の携帯番号を知っているのは進藤だけ・・・あいつは友人でもあるから仕方なく教えてあるけれど――。

 考えた末、シュンに携帯番号を知らせるのはやめよう――と思った。
俺は今でもシュンが好きだ――だから、俺がまたシュンを特別な存在として見るようになってしまいそうで怖かった。

「すみません・・・仕事の電話は、この間の番号にかけてもらいたいんです。あの、あんまり携帯使ってないですし――」
「そう・・・分かったよ」
 ホンの少し寂しそうな声を聞いて、胸が痛んだ。だけど、これで良いんだと思う。
「すみません」
「気にしないで下さい。それより俺、渡辺さんに相談して良かった、頑張ってまとめてみます。ありがとう」
 シュンがそう言った頭を下げた。
「力になれて、嬉しいです」心の底からそう思った。




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出会わなければ 78
「すみません・・・何か急用みたいで」
 伊藤さんが申し訳無さそうな顔をして、俺達の方を見た。
「大丈夫だよ、渡辺さんと2人でも出来る事だから。まだ、当分まとまらないと思うし・・・」
 シュンが伊東さんにそう言った。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
 伊東さんが俺に頭を下げて、足早に部屋を出て行った。

 部屋にシュンと2人きりになってしまい、いやでもシュンの事を意識してしまう。
「ごめんな、鷹人。伊東さん、忙しいんだよ」
「シュンさんだってそうでしょ?」
 伊東さんが居なくなった途端、シュンが俺を名前で呼んだ。嬉しかったけど胸がドキドキして、顔が熱くなってくる。
「まぁ、そうだけどね・・・」
 目の前でシュンが笑っていた。シュンの笑顔を見ていたら、俺は急に照れくさくなって視線を逸らした。
 あの頃と同じ瞳、笑顔、話し方――大好きなシュンが今こうして俺の前にいる。こうやって、俺の絵を認めてくれて、一緒に仕事が出来る。それだけでも充分に幸せな事じゃないか・・・・・・。

「さて、どうしようかな。俺ね、実は自分の事を書きたいと思ってるんだ。でも、あんまり賛成してもらえなくて」
 スケッチブックを捲りながらシュンが話し始めた。そこには走り書きのような文字と、簡単なイラストが書いてあった。
「自分の事って・・・自伝的なって意味ですか?」
「そうだなー、自伝っていうか、自分の考えてる事とか、影響を受けたものとか、好きなものとか、将来の事とか・・・いまさら将来って言うのも変なんだけど、これからの生き方とか。・・・そんなのを、渡辺さんの力を借りて表現してみたいなって思っていてさ。後ね、こっそり俺が撮った、メンバーとかスタッフの写真も使いたいんだ」
「良いと思うのになぁ。あ、いえ・・・思いますけど――」
 シュンの話を聞いているうちに、一瞬昔に帰ったような錯覚に陥ってしまった。
慌てて丁寧な言葉に言い直した俺を見て、シュンがクスッと笑った。

「あのね、皆が心配しているのは、俺が何かイメージと違う事をするだろうってこと。一体俺のイメージってどんな感じなんだろう?」
 悪戯っ子のような顔をしていたかと思うと、ホンの少し陰のある表情をする。傍に居るとシュンの世界に引き込まれてしまうような感じがした・・・。
「天使とか?」
 初めて会った時から俺の中にあるシュンのイメージは、いつも天使だった――だからついその言葉を口にしてしまった。
「もう、天使なんて年じゃないだろ、俺?」
「そんな事ないですよ、今でも、シュンは・・・えっと、穏やかで優しい雰囲気で――」
「それって、ちょっと荷が重いかな。俺、そんなんじゃ無いんだ、本当は」
 そう言って笑った顔が、ホンノ少し悲しげだった。




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出会わなければ 77
「これが出来上がりです」
 イラストを渡すと、伊東さんが満足そうに頷いて、製作スタッフの岡本さんにそれを渡した。
「良い感じですね。色をちょっと変えただけでも、すごくイメージが変わりましたね」
 伊東さんが以前に渡したものと見比べて、そう言った。
「そうですね。私も、こちらの方が良かったと思います」

「それじゃ、岡本君、一応皆に見せて。後は宜しくね」
 伊東さんがそう言うと、岡本さんは「了解です」と言って、俺にお辞儀をしてからすぐに部屋を出て行った。
 その後、しばらくし伊東さんと雑談していると、シュンが息を切らせながら部屋に入ってきた。
「お待たせしました。今、岡本君に見せてもらいましたよ。良かった、渡辺さんに頼んで。俺、凄く満足してます」
 フウッと深呼吸してから、シュンが華のように微笑んだ。俺は思わずその笑顔に見とれてしまい、慌てて気を引き締めた。
「有難う御座います。良かったです、気に入って頂けて」


 今日はこれから、シュンと本の打ち合わせが入っている。
まだ、イラストを描く段階では無いのだけれど、シュンが本全体の案について、俺の意見を聞きたいと伊東さんを通して連絡があったので、予定よりも早くシュンと会う事になった。
 嬉しいような辛いような――俺としてはかなり微妙な気持ちだった。

「実は、まだちゃんとまとめて無いんだよ。メモみたいなのは時々書いてるんだけど・・・」
 シュンがそう言って頭をかいた。
「そうなんですか――でも、シュンさんは色々忙しいでしょうから大変ですよね」
「・・・まぁね、でも、どれも仕事だからさ」
 そう言って少し辛そうに笑った。
 俺もそうだけど、好きなことを仕事に出来たのは幸せだと思っている。でも、時々、自分の思っている方向とは違う方に引っ張られてしまう場合もある・・・だから・・・そういう意味で、色々大変なんだろうな――とは思う。

「さて、それじゃあ、一応、シュンの考えている事を渡辺さんに話してみたら」
 伊東さんがそう言ってシュンの肩を軽く叩いた。
「そうだね。そうしよう・・・」
 シュンが机の端に重ねてあったスケッチブックを手に取って、ページを開いた。その瞬間、部屋のドアが慌しく叩かれた。
「すみません、伊東さんちょっと・・・」
 ドアから事務所の誰か覗き込み、伊東さんに声を掛けた。
その人が手にしていた週刊誌の表紙には、Sabelのメンバーの写真が載っているようだった。




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 76
 それから、しばらくの間は、依頼されたイラストをジックリ描くという、平穏な日々を送っていた。サチからの誘いもしばらくは無さそうだったし・・・。
 ただ、もうすぐシュンとの打ち合わせが始ってしまうので、その事が少し気がかりだった。

 シュンに会えると思うと、やはり嬉しい。シュンが持っている独特な、穏やかな空気の中で過ごす時間は、心が躍るような不思議で幸せな時間だ。
ただ、シュンが、自分のものでは無いだけで・・・それは、どう考えても、変え様のない事実で――。

 そんな、どうしようもない事ばかり真剣に悩んでいないで、自分の気持ちを楽にする方法は無いのだろうか?
 考えてみると簡単な事だった。 せめて、この仕事が終わるまでの間だけ、自分の気持ちに正直になってみよう・・・言葉にも、態度にも決して出せはしないけど、シュンを好きだって素直に認めよう・・・。
そうしたら、少しは心が軽くなるんじゃないだろうか? その位は、構わないだろ? 誰にも迷惑掛けないように、自分の心の中でだけも正直になってみようか・・・。
 そう思ったら、急に心が軽くなってきた。

――俺は、シュンが好きなんだ。
 シュン、あなたの傍にいられる時間を、与えてくれて有難う。この気持ちは、もう、伝えられないけど、いつもあなたの事を思っています――。



 そして、再びCDジャケットの件でAMSを訪れる日がやってきた。今日はいつも通される応接室ではなく、初めから6階にあるSabelスタッフ専用の部屋に案内されていた。

 Sabelのポスターや本の置いてあるその部屋の中を見回していると、デビュー当時のものと思われる雑誌の切り抜きが部屋の隅のほうに貼ってあった。立ち上がって近寄ってみると、今より幼い顔のシュンが他のメンバーに囲まれてニッコリ微笑んでいる写真があった。口元は笑っているのに、目元が寂しそうだったのがやけに気になった。慣れない仕事のせいだったのかもしれな――そう思い、俺は再び椅子に座って、伊東さん達が来るのを待っていた。

「お待たせしました」
 マネージャーの伊東さんと、もう1人、知らない男性が部屋に入ってきた。




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出会わなければ 75
「シュンさん?」
 もしかしたらシュンが泣いている? そう思ってしまうのは自惚れなのだろうか?
「・・・」
「大丈夫ですか?」
「うん・・・大丈夫だよ、ごめん」

 何で俺には出来なかったのだろう? 
サチのように自分の気持ちに正直に――好きな人を自分のものしようって努力を・・・。いや、やっぱり出来ないよ。シュンには、家族があるのだから。
「それじゃ、また、仕事で会おうね」
 しばらく黙っていたシュンが、そう言った。俺は胸が苦しくて、受話器を押さえ息を深く吸い込んだ。

「はい、分かりました・・・じゃあ、また」
 シュンの態度にかなり動揺していたけれど、俺は平静を装って答えた。
 どうしてこうなってしまうんだろう・・・シュンとは、関わりを持たないようにしようと思っているのに。

 とにかく、サチに連絡して誘いを断わろう。
また誘われるかもしれない、でも、その度に断わるしかないのだろう。諦めてもらはないと、俺が困るんだ――。

 それからすぐに、サチの携帯に連絡した。待っていたかのように、直ぐにサチの弾んだ声が聞こえて、少し罪悪感を感じてしまう。
「渡辺さん、予定はどうでした?」
「すみません。明後日は、人と会う事になってましたので」
「そうか・・・残念です」
「それじゃ、失礼します」
 すぐに切ろうとすると、サチの小さな溜息が聞こえてきた。
「渡辺さん? そんなに俺の事避けないで下さい。俺、悲しいな・・・。でも、最初の印象が悪かったのかも知れないですね。変にシュンに食って掛かるような話し方してしまったし――。ごめんなさい・・・あの時、ちょうど仕事の事でイライラしていて、あなたとシュンがあまりにも楽しそうに話してるのが、羨ましくて・・・」
 そう話すサチの素直な言葉に、一瞬心が揺れそうになってしまった。

「・・・いえ・・・」
「これから忙しくなるから、近いうちに・・・とは、いかないけど、また時間のある時に連絡します。進藤さんと一緒に酒でも飲みましょう」
「あの・・・」
「あ、ごめんね。今から雑誌のインタビューなんだ。それじゃ。連絡してくれて有難う。やっぱり優しいですね渡辺さん」
 複雑な思いで電話を切り、深く溜息をついた。これは、長期戦になるのかもしれない。




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