−甘嘘別館−  
♪ハッピーエンドのBL小説を連載します♪

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Author:りょう
BL小説を書いてます。
よろしくお願いします☆
別館では18禁小説は連載しません。
本館へ行かれたい方は、コメント等でお問い合わせ下さい。
(メールアドレスをお忘れなく…)

☆おことわり☆ 
「出会わなければ」には、実在のバンド、メンバーと似た人物が出てきますが、実在の人物とは一切関係ありません。

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出会わなければ 73
「さっきの電話って、明日だったら断わるってことですよね? いつだったら大丈夫?」
 サチの言葉を聞いて、この間サチが言っていた事を思い出した。「彼女が居るくらいじゃ諦めない・・・」そうか・・・サチはそういう人だったんだ――。
「いえ、そうじゃ無くて・・・」
 何と言えば良いんだろう?
「進藤さんが居るからダメなの? 2人の方がいいのかな? それとも、3人が嫌だったら・・・そうだ、シュンにも一緒に来てもらおうか?」
 サチが勝手に話を進めようとしている。シュンが一緒だなんて、ますますとんでもないと思う――。
「サチさん、聞いてください」
「何? 渡辺さん」

「俺、彼女との事まじめに考えているんです。だから、悪いんですけど、俺に・・・あの」
「ちょっかい出すなって感じなのかな?」
 言い辛くて言葉を濁していたら、サチから言ってくれた。
「はい、済みません」
 失礼な事を言ってるんだろうとは思うのだけれど、とにかくこの状況から逃げ出したかった。
「嫌だなぁ、何も、無理やり俺のモノになれなんて言わないですよ。ただ、知り合いになりたいんだ。渡辺さんだって、俺のこと何も知らないでしょ? 俺たち、いい友達になれるような気がするんですけど」
「でも・・・」
「分かった。じゃあ、明後日、シュンも一緒にって事でどうです?」
 全然わかってないじゃないか・・・どうしてそんなに強引なんだよ? そこまでする価値、俺には無いと思うのに――。
 受話器からは、サチがシュンを食事に誘っている声が聞こえてきた。

「シュンは大丈夫みたいだよ。渡辺さんはどうかな」
「いえ、えっと、すぐには分からないので、後でまた連絡します」
 断わる言葉がすぐに思いつかず、連絡し直すことにしてしまった。
シュンも一緒にだなんて、サチは何を考えているんだろう? でも、サチはシュンと俺の事は知らないのかもしれない。それとも、知っていてわざとやっているのだろうか? だったら、余計行きたくない・・・。
「分かったよ。じゃぁ、良い返事を待ってる」
 電話を切った後、仕事部屋に戻ったが、今まで順調にやっていたのに波を逃したかのように筆が進まなくなってしまった。
 一体どうやって断わろう?




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 72
「明日の夜、食事に行こうって」
「いや、明日は予定が・・・って言うか、俺、断わりたい」
 どうしてもサチとは会いたくない。会えばきっと何かしらシュンの話が出るだろう・・・出来ればそういう事態も避けたいのだ。
「なんだよお前、まだそんなこと言ってるのか? 食事くらい、付き合ってやればいいじゃないか・・・」
 進藤が軽い口調でそう言った。その「食事ぐらい・・・」がダメなんだって・・・押しに弱い俺は、絶対サチに振り回されれるに決まっている。
「悪いけど、やっぱダメ。シュンの傍に居る人とは会いたくない・・・」
「まったく、ホント女々しいよな、鷹人」
「何と言われても行かないからな」
 強気で言ったら、進藤が溜息をついて「進歩の無い奴・・・」って呟いた。何と言われようが、サチには会いたくない。
「じゃあ、サチさんの連絡先教えるから、お前から断わってくれ」
「分かったよ」
 少し投げやりに言ったら、進藤がもう一度溜息をついた。


 何を言われても、絶対に断わろう――そう心に決め、進藤に教わった番号に電話をかけた。呼び出し音がしばらく続いた後、留守電のメッセージが聞こえてきた。
 そうだ・・・悪いけど、留守電に用件を入れてしまおう。そうすれば話がややこしくならないだろう。
「どうも・・・渡辺です。明日の話、進藤から聞きました。せっかくのお誘いですが、お断りしたいと思います。すみません」
 留守電には、最低限度の内容を入れた。これで、サチが諦めてくれると良いのだけど・・・。
電話を切ると、スッキリした気持ちで部屋に戻り、やりかけの絵に取り掛かった。
 最近は絵を描いていると楽しくてしょうがない。描いている時は、色々な事を考えなくて良いから。仕事が順調な事だけが、今の俺を支えてくれているような気がする。

 それから、どの位経っただろう? しばらくは、何もかも忘れて、絵を書くことに集中出来ていたのだが、再び鳴り出した電話の呼び出し音で、俺は、現実に引き戻されてしまった。
 仕方なくペンを置くと、居間に向かった。
「はい」
「渡辺さんですか?」
 受話器から聞こえてくるのは、俺の大好きだった甘い声・・・。
「そうですが・・・」
「どうも、澤井です」
「こ、こんにちはシュンさん。仕事の事ですか? 伊東さんからこの間、連絡もらいましたよ。ジャケットのイラスト持っていった後に打ち合わせをするって」
「違うんだ。あの・・・」
 シュンがそこまで言うと、急にガサガサいう音が聞こえてきて、その後、シュンでは無い誰かの声が俺の耳に届いた。
「どうも、渡辺さん、分かります?」
「あ・・・・・・」
 どうしよう――サチじゃないか・・・・・・。




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 71
 事務所から帰ると、ソファーにグッタリと座り込んだ。
 新しく来ていた仕事は、締め切りまで余裕があり、丁寧な仕事が出来そうなので、それについては
今回はラッキーだった。だけど・・・俺は、大きく溜息をつきながら、さっきまでの事を考ていた。
 どうしてシュンの近くにいるような人から誘われてしまったのだろう? それも、俺の事を気に入っただなんて・・・。
最近、自分の周りで起こる予想外の出来事に、俺は戸惑いを隠せないでいた。
 シュンの仕事の件だけでも、そうとう気が重かったのに、サチの事まであって・・・。

 それにしても、サチは、俺の何処が良いっていうのだろう? 俺にはどうしても理解が出来ない。
 もし、サチが、俺とシュンの間にあった事を何か知っていたとしたら――リュウが知っていたと言う事は、サチが知っていても不思議ではないような気がする――だとしたら、サチが俺に言い寄ってくるのは、シュンとサチとの間で、何かトラブルでもあったからなのだろうか?
だけど・・・そこまでして、わざわざシュンに嫌がらせをするだろうか? 
 シュンとの事が関係ないとしたら・・・? サチは本当に俺の事を落とそうとしているのだろうか?


 数日後、俺の悩みの種『サチからの誘い』は、進藤を通してやってきてしまった。

 仕事部屋でイラストの下書きをしていると、仕事用に使っている電話の子機がなった。
順調に描いてる所だったので電話に出る気になれず、何か用があれば留守電に伝言を入れるだろうと思い、電話を鳴らしっぱなしにしておいた。
 しばらくすると電話は、留守電のメッセージが流れている途中で切れてしまった。多分、大した用件では無かったのだろうと思いそのままイラストに集中していると、今度は、ペン類の脇に置いてあった携帯の着メロが鳴り出した。チラッと見ると、進藤の名前が表示されているのが分かり、仕方なく、携帯に出ることにした。

「はい、俺」
「よ、鷹人。外出先?」
「違う。家」
「じゃ、何で電話出ないんだよ」
「なんだ、進藤だったのか・・・。調子よく描いてたんだから、邪魔すんなって」
「何だよ、その言い方は・・・ま、良いや。所で、さっき、サチさんから連絡あったぞ」
「え・・・」
 嫌な予感がする――。俺は、電話をしながら動かしていた手を止めた。




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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 70
「彼女が居るなら、俺にも会わせろよな」
 進藤にまでそう言われて、返す言葉に困ってしまう。
俺は進藤に抗議の視線を向け、文句を言おうと口を開きかけたのだが、その時ちょうど電話がかかってきてしまい、進藤は俺達の傍を離れた。

「彼女は、日本に居ないので・・・」
 別れてしまったけれど、ジョアンを恋人という事にしておけば、架空の人物の話をするよりもボロが出にくいだろう。
「そっか、恋人は今、君の傍に居ないんだね?」
 そう言ってサチが嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、今度一緒に食事に行こう」
 サチがそう言って俺の頬にサッとキスをした。
「ちょ・・・サチさん・・・やめて下さい」
 俺は慌ててサチの身体を押し戻した。
「でも、平気だったでしょ?」
「え?」
「キス・・・気持ち悪くないよね?」
 サチが、呆けている俺の肩をグッ抱き寄せ唇にキスすると、すぐに俺から手を話し席を立った。
「進藤さん、有難う御座いました。今度、渡辺さん誘って食事に行くことにしました。進藤さんも是非ご一緒に・・・」
「分かりました。いいですよ」
 いつの間にか電話を切っていた進藤が、ごく普通に誘いを承諾していた。
「それじゃ、失礼します」
 茫然としている俺を残し、サチは進藤と握手をすると部屋を出て行った。

「やるなぁ、鷹人。あの人、お前の事すごく気に入ってたぞ」
 進藤が茶化すように言ってきた。
「そう言われても俺・・・」
 サチとはどう考えても付き合えない。
「ま、お前の携帯番号教えてあるから、そのうち誘いがあるだろうな」
 愉快そうに笑いながら進藤が言った。
「何だよ?! そんなプライベートな事、勝手に教えて良いと思ってるのかよ!」
 熱くなっている俺に向かって、進藤はニヤニヤした顔を向けていた。
「それは冗談。とりあえず俺に連絡来ると思うから。そしたら、知らせるよ」
 こいつは俺の不幸が楽しくて仕方無いと思っているようだ・・・。
「驚かすなよ・・・。それから・・・俺、絶対行かないからな。進藤から断わってくれ」
「あのな、そういうのは自分でやれ」
「何でお前ってそうなんだよ? シュンの仕事の事だってそうだし・・・。お前、俺が困ると楽しいのか?」
 何回か言ってきた言葉だし、答えは大体想像出来ていたのだが――。
「あぁ。楽しいね」
 進藤が不敵な笑顔を浮かべていた。
「くそっ!悪魔」
「なぁ、それより、彼女って誰だよ?」
 進藤に反論しようと思っていたのに、急に話を変えられてしまい、かなり焦りながら彼女の話を作り上げた。

  それにしても、どうしよう? サチは本気なのだろうか? 進藤の所に来てまで、俺のことを知ろうとしているなんて・・・。



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 69
「連絡も無く来るって事は、何か急用?」
 進藤が、俺の向かい側の席に座わると早速聞いてきた。
「いや、悪い。急用でもないんだけど。そろそろ今やってる仕事終わりそうだから、何か他にあるかと思ってさ」
「ふーん。この間は、そんなに色々やらせるなって言ってたくせに」
 進藤に思ったとおりの事を言われたけれど、俺はめげずに続けた。
「いいじゃないかよ、やる気になってるんだから」
「良いけどさ・・・。えーっと、昼休みが終われば、事務の子帰ってくるから分かるけど、時間あるか? 確かいくつか来てたと思うよ」
「そっか、あるのがわかれば良いよ。お前、今忙しいんじゃないの? えっと、何か話してた所だったんだろ?」
「ちょうど今、進藤さんに聞いてた所だったんですよ」
 サチが俺を見て、柔らかい微笑を向けた。
「何を・・・ですか?」
 何となく嫌な予感がして探るように聞いてみた。

「サチさんが、お前の事色々知りたいってさ」
 進藤がサチを見てから俺に視線を移した。
「え?」
「俺、言ったでしょ? 渡辺さんの事、気に入ったって。だから、進藤さんに聞きに来たんだ」
 サチがそう言いながら俺の肩に手を回して来た。そんな俺達の事を進藤は見て見ぬフリをしているようだった。進藤は呆れているのかもしれない・・・。
「いや、でも、俺は・・・」
「簡単には諦めないって言ったでしょ? 俺は欲しいものがあったら、じっくり時間をかけてでも手に入れるんだ」
 俺の肩に乗せられていたサチの手が、俺の頬をフワッと撫ぜた。
「渡辺さん、彼女とは結婚するつもりでいるの?」
「え・・・まぁ」
「お前、彼女いたのか?」
 進藤が俺を見て、驚いたように聞いてきた。
「い、いるよ。彼女くらい」
「ふーん、そうだったんだ・・・。俺には秘密だったのか?」
 あからさまに不満そうな顔をしながら、進藤が俺の事を見た。
「そう言う訳じゃないけど」
 本当は居ないんだから、秘密も何も無いんだけど・・・。

「彼女のどういう所が好きなの?」
 サチがいきなり聞いてきた。「彼女が居るくらいじゃ諦めない」と言われても・・・・真剣に困ってしまう。
「・・・そうですね・・・優しくて強い所とか、一緒にいて疲れないとか――」
「そうなんだ。ねぇ、渡辺さんの彼女見てみたいな。どんな感じの娘が好きなんだろ。彼女に会わせてくれる?」

 「知り合って間もないのに、それはちょっと・・・」と断わろうと思った。でも、そう言ったら、「じゃあ、もっと良く知り合おう」なんて言われてしまいそうな気がしてしまった。



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 68
 数日後、久しぶりに、進藤の事務所に顔を出した。
依頼されてた仕事は大体終わった事だし、シュンの本の件は、しばらくはお声が掛からないだろうから、珍しく自分から仕事の催促をしてみようと思った。
ちょっと前までは「そんなに色々仕事させるな」と思っていたのに、今の俺には忙しいくらいの方が調度良いと思っている。仕事以外の事を考えなくても済むように。

 事務所に着いたのがちょうど昼飯の時間帯だったから、事務の女の子達は食事に行ってしまっているようだった。進藤は自分の部屋で食事する事が多いから、とりあえず部屋のドアをノックしてみた。
「進藤、居るか? 入るぞ」
 勝手知ったる他人の部屋・・・って感じでドアを開けようとした。すると、部屋の中から珍しく慌てたような進藤の声がしてきた。
「え、鷹人か? ・・・ちょっと待てよ」
 何か取り込み中だったのか? と思い椅子座って待っていると、しばらくしてやっと部屋のドアが開いた。

「おう、お待たせ。ちょっと来客中だったから」
「あ、悪い。前もって電話すれば良かったよな」
 昔からの腐れ縁って事もあって、どうも進藤に対しては、気を許しすぎてる部分があると自覚はしているのだが・・・。
「まぁ、良いよ。入れよ」
「え、でも、打ち合わせでもしてたんじゃないのか?」
「別に。ちょっと野暮用でね」
 「まぁ、入れ」と進藤に促されて部屋に入ると、ソファーに座っている誰かの後ろ姿が見えた。
 来客中に入っても良かったんだろうか? 俺の知っている人なのだろうか? そう考えながら近づいていくと、その人が振り向いた。
「どうも。渡辺さん」
 名前を呼ばれて、とても驚いた。
「サチ・・・さん?」
 何でこんな所で・・・と思い、名前を言ったきり他の言葉が出てこなかった。
「やぁ、嬉しいな。名前覚えていてくれたんだ?」
 サチは俺の顔をとても嬉しそうに見つめていた。
「え、まぁ・・・」
 呆けて進藤の方を見ていると「ここ、座りなよ」と言うサチの声が聞こえてきた。

「いえ、後で出直しますから・・・」
 俺はそう言ってお辞儀をして、身体の向きを変えようとした。
「いいから、気にしないで・・・。進藤さんに何か用だったんでしょ?」
 サチがそう言いながら自分の隣をポンポンと叩いた。
「はぁ・・・それじゃあ・・・」
 何となく居た堪れないような気もしつつ、サチの隣に座った。
俺が横に座ると、サチは嬉しそうに俺に笑いかけてきた。その笑顔は、シュンの可愛らしい笑顔とは違う、大人の微笑みだった。



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出会わなければ 67
「進藤? これから時間ある?」
 作業机に向かったけどちっとも筆が進まなくて、モヤモヤした気分を晴らす為、進藤を誘って飲みにでも行こうかと思い電話をかけてみた。
「何だよ・・・鷹人か。暇じゃないけど」
 ちょっと不機嫌そうな声だ。仕事が終わっていなかったのだろうか?
「悪い・・・」
「別にいいけどさ、どうしたんだよ」
 進藤が声の調子を少し変えて聞いてきた。俺から誘う事があまり無いから、何かあったと思ってくれたようだ。
「ごめん、何となく。酒でも飲みに行きたいかな・・・とかね」
「何かあったのか」
「何もないんだけど」
「もしかして、シュンの事?」
「ん・・・まぁな」
 こんな話出来るのは、進藤しかいないし・・・でも、話してどうなるものでもないのだけど・・・。

「なぁ、あの人だってさ、まだ、お前の事、気になってるんじゃねーの」
 進藤が言った言葉に、一瞬返す言葉が思いつかなかった。気にるのかもしれないが、それはやっぱり過去に色々あったからというだけで、これからの俺達は仕事以外に関係を持つわけには行かない・・・。
「気になってたとしても、それ以上どうなるって訳でもないし」
 暫く考えてからそう答えた。電話の向こうからは進藤の溜息が聞こえた。
「分かってるんじゃないか鷹人。まぁ、そうだろうけど、でもさ、お前、聞いてみたのかよ?」
「何をだよ」
「シュンの、何て言うのかな? 私生活の話とか・・・さ」
 進藤にしては少し考え込んだような聞き方だった。
「詳しくは聞いてないけど、今、幸せだって言ってた」
 シュンの柔らかい微笑みと、穏やかな声が聞こえてくるようだった。シュンは今、家族と一緒に幸せに暮らしているんだ・・・。
「そっか・・・じゃ、お前の入る余地は無いよな」
 そうだよ・・・
「んなの分かってるって。前から・・・分かってる」
 投げやりにそう言ったら、進藤の呆れたような溜息がもう一度聞こえてきた。
「だろ?」
「だよ・・・」
 自分でも困っているんだけど・・・って、進藤に言ってもバカにされるだけだよな・・・。
「だったらさ、悩んでないで、誰かと付き合ってみれば?」
「・・・え? あぁ・・・まぁ」
 そうなんだよな。だけど、もう、自分から行動を起こすのも面倒になってて・・・
「あのさ、悪いけど、俺、人待たせてるから。これ以上、落ち込むなよ。男はシュンだけじゃないんだからな」
「・・・俺、男が好きなわけじゃ・・・」
「分かった分かった。じゃな」
 最後まで言う前に、進藤がイライラしたような口調で電話を切ろうとした。
「あぁ・・・ゴメン。じゃな」
 俺は慌ててそう言って電話を切った。
 確かに・・・誰か他の人と付き合ってみれば良いのだろうけど・・・そう考えて思い出したのは、シュンの仲間のサチの顔・・・。どう考えてもあり得ない。シュンの近くにいる人物と付き合うなんて・・・。それに、もともと男性が好きだったわけじゃないんだ――。

 とにかく、今日はもう考えるのはやめよう。シュンとだって、毎日顔を会わせるわけではないのだから・・・。


今日もちょっと続きありです

出会わなければ 66
 家に帰ると、何も考えたくなくて昨日ビデオ屋で借りてきた映画を見始める。見たくてしょうがなかった筈なのに、映画の内容が全然頭に入らない。

 とにかく疲れた・・・。シュンと居ると、シュンに見つめられると、どうしようもない気持ちになる。こんなに近くに居るのに、抱きしめられないなんて――って考えてしまう。
もう、すっかり忘れ去っていた筈の感情だったのに・・・。

 そんな時、サチが言っていた言葉を思い出した。
『嘘の幸せにしがみついて、その幸せが壊れてしまうより・・・・・・』
 それは、サチ自身の事についてだったのか、一般的な例えだったのか?
それとも、まさか、シュンの事? でも、シュンは幸せだって言っていた・・・。

 傍にいるのが辛くて、会うのが辛くて、逃げるように彼の前から姿を消した俺だったのに、結局彼の事を忘れられなかったのは、俺の方だったんだ。
シュンはしっかり自分の場所に戻って、幸せな生活を送っているのに・・・。
 こんな事で苦しむなら、帰ってくるんじゃなかった。あのまま、ジョアンの傍に残っていれば、こんなモヤモヤした気持ちにならないで済んだのに・・・。
思わず進藤を恨みたくなった。この仕事だって、元はと言えば、あいつが――。


 そこまで考えて、深く溜息をつく。進藤は俺の為を思って色々やってくれているんだ。ここまで来てしまったら、今更何を言っても仕方がない。とにかく、この仕事をどうにか無事に終わらせるしかないんだ。
 今は、シュンの期待にそえるように頑張るしかない・・・・・・。

 俺は映画を観るのをやめ、やりかけの仕事に取り掛かかる事にした。



追記にちょっぴり続く…
出会わなければ 65
「何だよそれ・・・たまたま、そういう会話をしただけだよ」
 シュンが眉を潜めたまま呟いた。
「ふーん、そうなんだ・・・。まぁ、俺はライバルが多い方が燃えるけどね」
 サチの瞳がキラリと輝いたような気がした。冗談なのか本気なのか、それともシュンの反応を見ているだけなのか・・・俺にはサチの考えている事がさっぱりわからなかった。
 リュウと話した感じだと、前のマネージャーとリュウ以外は、シュンと俺の事をしらなかった筈なのだけど・・・。

「サチ・・・」
 シュンが窘めるような視線でサチを睨んだ。だけど、サチはシュンの視線を、少しも気に止めていないようだった。
「・・・言っておきますけど、俺は彼女が居る位じゃ渡辺さんのこと諦めないですよ。彼女より俺のほうが良いって思わせたいな。どうです?」
 サチが俺の方を向き、俺の両手をギュッと握ってそう言った。サチの強い視線に捕えられ、俺はその手を振り解くことも出来なかった。

「サチ! どうしてそんな勝手な事が言えるんだよ? 渡辺さんの彼女の事とか、渡辺さんの気持ちとか――そういうの考えないのかよ」
 シュンが一瞬声を荒げそうになって、慌てて声のトーンを落とした。そして言い終わると、サチの手を掴み、グッと引っ張った。
「もう・・・そんなだから――。ま、いいや・・・。でもさ、何ていうのかな、自分の気持ちに嘘をついて、嘘の幸せにしがみついたままで、結局その幸せが壊れちゃうよりは、自分の気持ちに正直に生きた方が、よっぽど良いと思わない? 俺は自分には嘘つきたくないけどね・・・」
 シュンの手を払いのけ、シュンに挑戦的な視線を送ったままサチが静かに語った。

「邪魔して悪かったね。俺、これからレコーディングの続きなんだ。それじゃ」
 サチが俺の両腕を掴んでいた手を離し、今度は、俺の右頬に手を添えた。
「又、会えると良いですね」
 サチの右手がスッと俺の頬を撫で、そして離れて行った。

 それから、サチは席を立ち、優しい笑顔を向けながら俺に投げキスをすると、店を出て行ってしまった。

「ごめん・・・サチの奴、何考えてるんだろ」
 サチが店から出て行った後、シュンが申し訳無さそうな顔をしながら俺に頭を下げた。
「いえ・・・あの、別に平気ですよ・・・ただの冗談だろうし」
「そうだね・・・」
「シュンさん・・・俺、人によってそれぞれ違うと思うんです。あの・・・」
 他人が「幸せかどうか」を決めるんじゃなくて、自分が「幸せだ」って感じるかどうかなんだと思う・・・。多分・・・きっと・・・。
「有り難う、鷹人。そうだよね」
 頭を下げたままシュンがそう呟いた。
「俺、俺は今、幸せです。シュンさんも幸せですよね?」
 シュンが幸せなら、それで良いんだ。
「ああ・・・幸せだよ」
 俯きかげんのシュンが、顔を上げながら言った。その微笑は本当の微笑みだよね?

 『自分の気持ちに正直に生きた方が、よっぽど良いと思わない?』
 サチの言葉が頭の中にこだまする。あの言葉は、何だったんだろう?

 そして・・・・・・俺の正直な気持ちは――?

  ――愛する人の傍にいて、いつまでもその笑顔を見つづけたい・・・――
 それが出来ないなら、愛する人には幸せであって欲しい。



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 64
「バカな事言うなよ、そんなのあり得ないじゃないか。渡辺さんは男だぞ?」
 シュンが焦ったように言い返した。
「男だなんて、見れば分かるよ」
 サチが静かにそう言って微笑んだ。
「知っててからかってるのかよ?」
 ムッとしたような顔をして、シュンがそう言い放った。
「からかう? まさか。シュンは気付いて無かったかも知れないけど、俺はね、女性より男の人の方が好きなんだよ。だから、あり得るだろ? 『そんなの』だって」
 サチがそう言うと、シュンが信じられないというような顔をした。
「冗談言うなよサチ・・・お前には彼女が居たじゃないか」
 シュンの言葉に、サチが呆れたような顔をして小さく溜息をついた。
「彼女? 違うよ。シュンは、あまり自分の事話さないし、俺達のことも本当は良く分かってないだろ? リュウもナツも前から知ってる事なのに」
「・・・」
 シュンがそれを聞いて、口を閉ざしてしまった。俺はどうして良いのか困ってしまい、2人の間で黙っているしかなかった。

「ねぇシュン、それよりも、紹介してくれる?」
 サチと呼ばれていた男が、そう言って俺の腕に自分の腕を絡めてきた。その途端、シュンはサチを見て、綺麗な顔を僅かに歪めた。
「次のCDジャケットやってくれてる、渡辺さん。俺の本のイラストもお願いしてる」
「どうも初めまして。渡辺です」
 シュンに紹介されたから、とりあえず挨拶をした。すると、サチが俺を見て嬉しそうにニッコリ微笑んだ。
「宜しくお願いします、渡辺さん。俺はSabelでギターやってるサチオです。でも、サチって呼んで下さい。みんなそう呼んでますから」
 サチは落ち着いた雰囲気で、物腰も柔らかく、シュンよりも年上に見えた。
「所で、渡辺さんって、おいくつなんですか?」
「今年で26才になります」
「そう・・・。俺はもう31になります。でも、シュンよりは若いですよ? 俺ね、年下の子好きなんだ。俺と付き合ってみませんか?」
 サチの雰囲気から見て、きっとシュンより年上だろうと思っていた。だけど、驚いた事にサチはシュンより若かった・・・いや、その事よりも、サチからの申し出に言葉を失ってしまった。

「いや・・・その」
 俺が答えに困っていると、サチがサッとシュンの方を見て挑戦的な視線を
送った。
「渡辺さんは、男の人でも平気な人?」
「おい、サチ・・・何言ってるんだよ?渡辺さんにはちゃんと彼女がいるんだから」
「シュンさん・・・?」
「リュウが言ってたよ」
 俺が問い掛けるように名前を呼ぶと、シュンが言った。

「何か妖しいですね?リュウまで渡辺さんのことリサーチしてるの?」



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 63
「ニューヨークはどうだった?」
 運ばれてきたコーヒーを一口飲んでからシュンが聞いてきた。
「そうですね・・・色んな人が住んでました。思ってたよりも暮らし易かったです」
 緊張して口の中がカラカラに渇いてしまった俺は、ガラスのコップに入った水を一気飲みした。
「そう言えば、渡辺さんは、英語をしゃべれたんですね、知らなかったな。俺なんて全然だよ。海外で仕事ある時は、通訳さんに任せっぱなしだしね・・・」
 シュンに尊敬の眼差しで見つめられ、少し照れくさかった。
「俺も会話が出来る程じゃなかったんです。最初はすごく大変でした。絵の学校行きながら、英会話もやり直したし・・・。でも、苦労したけれど、やって良かったと思います」

「頑張ったんだね・・・鷹人。すごく大人になった感じがする」
 さっきまで「渡辺さん」と呼んでいたのに、急に名前で呼ばれてドキッとした。だけど、俺は必死に動揺を隠した。まだシュンを好きなのかも知れないという心の迷いを、表に出してはいけないから・・・。
「いや・・・老けただけですよ」
 俺は、頭を掻きながらそう答えた。
「『老けた』だなんてなぁ。年上の俺の事考えてよ、」
「ゴメンなさい・・・でも、別にシュンさんが老けたとは言ってないですって。シュンさんは・・・・・・あの頃と変わらなくて――」
 『相変わらず可愛いですね』って言ってしまいそうだった。昔の話はしないようにしようと思っているのに・・・でも、こうやってシュンの顔を見ていると、つい気が緩んでしまう。ほんのちょっとした仕草も、話し方も、変わらなくて、あの頃に戻ったような錯覚に陥ってしまって・・・。
「あの頃と変わらなくて・・・ってさ、『進歩が無い』って言いたいの?」
 シュンが少し拗ねたような言い方をした。
「そんな事、言ってないって・・」
 慌てた俺をみて、シュンが楽しそうに笑った。その笑顔が、懐かしかった――。

「シュン、楽しそうじゃない。恋人?」
 急に声を掛けられ、シュンが顔を上げて相手を睨みつけた。
「・・・サチ、何言ってんだよ?失礼だろ――」
 慌てて言い返していたけれど、シュンの頬が見る見るうちに赤くなった。
「だって、シュンのそんな嬉しそうな顔見るの、久しぶりだから、そうかなーってね」
 そう言いながら、「サチ」が俺の隣の席に勝手に座り込んだ。



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 62
 帰ろうと思い、エレベーターを待っていると、後ろから声をかけられた。
「渡辺さん」
「はい?」
 振り向くと、そこにはシュンが立っていた。
「お疲れ様」
 そう言ってシュンが笑顔を向けてくれた。俺の心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「どうも・・・シュンさんこそ・・・」
 見詰め合うようになってしまい、言葉が続かなかった。
「下まで送るよ」
 シュンがそう言って俺の横に並んだ。
「え? でも、忙しいんじゃないんですか?」
 前を向いたままでそう言った。
「まぁね。でも、今は大丈夫」
 柔らかい声でシュンが言った。

 エレベーターが来たので乗り込むと、運悪く誰も乗っていなかった。そして、1階につくまで何処にも止まらず、2人きりだと思うと心臓の鼓動が激しくて、シュンにまでドキドキが聞こえてしまうのではないだろうかと思った。
 そんな俺の様子には気づかない様で、シュンはさっきの打ち合わせの事を色々と話していた。でも俺は、話の内容が耳に入らず、曖昧に返事をしているだけだった。

 1階についてエレベータを降り、入口の自動ドアの前まで来た。
「わざわざ有り難う御座いました。それじゃあ、また・・・」
 そう言って俺がドアから出ようとした時、シュンが俺の腕をスッと掴んだ。
「ね、渡辺さん、時間ありますか?」
「え・・・あの」
「ちょっと、何か飲んで行きませんか? さっきの打ち合わせ、お茶ばっかりだったから、コーヒーでも飲みたいな・・・」
 シュンがそう言って、入口の横にある店を指差した。
「そうですね・・・」
 断わった方が良いって思うのに、シュンの笑顔を見てしまうと、どうしても断わる言葉が出てこなかった。



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テーマ:BL小説 - ジャンル:小説・文学

出会わなければ 61
 担当者の紹介や名刺交換等の挨拶が終わると、出版社の担当の下平さんが急に満面の笑みを浮かべて、俺のほうを見た。
「渡辺さん、有り難う御座います。シュンさんにはいつも断わられていたので、今回も渡辺さんが引き受けてくださらなかったら、またこの企画は流れていたと思いますよ」
「いえ・・・どう致しまして。私の方こそ、シュンさんにチャンス頂いてるようなものなので―― こちらこそ感謝しています。よろしくお願いします」
 しばらく、出版社の下平さんと俺とは、両手で握手をしながら、お互いに頭を下げあっていた。

「俺ね、ずっと探してたんですよ。渡辺さんみたいな絵を描く人。俺こそラッキーです。渡辺さんと一緒に仕事が出来るなんて」
 シュンの声がして、俺は1人でドキドキしてしまう。仕事に関して言ってくれている事だっていうのに、俺は自分自身について言われているよう気がしてしまった。
 勘違いしてはいけないぞ、俺。シュンは、純粋に俺の絵を気に入ってくれているからそう言っくれているんだ――俺は必死に自分に言い聞かせていた。

「すごいんですよ、シュンの惚れ込み様が。渡辺さんの個展に行ってからすぐ、絶対CDジャケットを描いてもらうと言い出すし。今回の話が来た時も、すぐに言いましたよ『渡辺タクトさんと一緒に仕事出来るならやる』ってね。まったく困った奴です」
 伊東さんがそう言って苦笑していた。 シュンにそこまで言って貰えるのは、とても光栄だと思う。
だけど・・・ハッキリ言って俺は戸惑っている。 俺は自分が、どんな表情をしていたのか良く分からなかった。多分不機嫌な顔をしていたんだろう。シュンが俺の顔をチラッと見てから、少し戸惑った顔をしながら視線を漂わせていた。
「さぁ、本題に入りましょうか?」
 それから、本の内容についての説明が始まった。

 そして、最終的には、最初から予定されてた内容とは少し違って、シュンの意見を取り入れシュン自身の企画するページも作られることになった。俺は、そこのページで主にイラストを描くらしい。

「イラストの件については、渡辺さんと俺とで進めて行って良いですか?」
 シュンがそう言って伊東さんと下平さんたちを代わる代わる見た。
「はい、最初からその予定ですよ。イラストの所はシュンさんが譲らないと思ってましたから」
「分かって頂いてると、話が早いですよね」
 シュンが華のように微笑んだ。

 その後も1時間以上話が続いて、気が付くと、窓の外は薄暗くなっていた。
打ち合わせが終わり、やっと会議室から出る事が出来た。他の人達は予定が入っていると言って、挨拶が済むと、慌しくその場から居なくなってしまった。
 俺はやっと緊張から開放されたので、ホッとしていた。
シュンが俺の絵を気に入ってくれてるのは良く分かった。一緒に仕事したいって言ってくれている気持ちも嬉しい。
だけど、俺にはかなりキツイ仕事かもしれない・・・。この仕事が終わるまで、絶対気が抜けないような感じだ。



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出会わなければ 60
 打ち合わせが終わり、雑談をしながら俺は帰る用意をしていた。
この後の予定は何も無かったので、久しぶりに昨日借りた映画のDVDをゆっくり観るつもりでいた。

「あの、進藤さんから聞いてると思うのですが、これから部屋を移動して頂いて、シュンの本の件で、軽く打ち合わせをしたいんですけど」
「え・・・あの」――おい、聞いてないぞ、進藤!
「話が行ってませんでしたか?」
 伊東さんがそう言って、手帳を出した。
「え、いや。ちょっと連絡が無かったもので」
 どうしてあいつは俺を困らせるのが好きなんだろう? そう思い、密かに溜息をついた。
「何か他に予定がありましたか? もしお忙しいようでしたら、後日改めて」
 手帳をパラパラ捲りながら、シュンと伊東さんが予定を確認している。
 俺が今ココで「後日また・・・」なんて言ったら、きっとスケジュールの調整が大変なんだよな・・・そう思うと、家でゆっくりする事しか予定の無かった俺は、頷くしかなかった。
「大丈夫です、分かりました」
 俺がそう言うと、シュンがホッとしたような笑顔を浮かべた。はぁ・・・俺はやっぱりシュンに弱い。

 その時、柔らかな表情で俺を見ていたシュンに、リュウが何か耳打ちをした。シュンの表情は一瞬曇ったように思えたけれど、再び微笑むと、リュウに向ってコクンと頷いた。


「それでは、渡辺さん。行きましょう」
 伊東さんとシュンに付いて部屋を出た。
リュウは、「これからレコーディングの続きだから」と言って、その場で別れた。
 エレベーターで6階に上がり、会議室に向って3人で歩いて行く。部屋の前につき、伊東さんがドアをノックした。
「遅くなりました」
 伊東さんが開けてくれたドアから部屋に入ると、中のテーブルの所に、4人の男性座っていた。
「待ってましたよー、シュンさん。あ、そちらが渡辺さんですね」
「御免なさい、お待たせしました。今紹介しますから、取り合えず座りましょう。さぁ、渡辺さんもどうぞ」
 シュンにそう言われ、伊東さんが引いてくれた椅子に腰掛けた。



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出会わなければ 59
「遅くなりました」
 部屋に入ってきたシュンと伊東さんが、それぞれ席についた。
「渡辺さんにイラストをお願いしてある、あの本の打ち合わせをやってた所なんですよ」
 シュンがそう言って微笑んだ。
「・・・その事なんですけど」
 話が進む前に断らなくちゃ――そう思って話をしようとしたが、シュンがそのまま言葉を続けてしまった。
「引き受けて下さって有り難うございます、渡辺さん。俺、すごく楽しみにしてます」
 シュンに先にそう言われてしまい、俺は口にしようと思っていた言葉が言い出だせなかった。
「いえ・・・こちらこそ。あの、よろしくお願いします」
 おまけに、「よろしく」なんて言って頭を下げている・・・俺って、どうしてこうなんだろう・・・。

 視線を上げると、シュンが俺を見て嬉しそうに頷いてくれた。俺はシュンのその笑顔から目が離せなかった。
 その時、誰かの咳払いが聞こえ、俺は慌ててシュンの顔から目を逸らした。微笑んでいるシュンの横では、リュウが少し難しい顔をしてシュンを小突いていた。

 しばらくの間、シュンとリュウと伊東さんとでどの絵が良いか話し合っていた。その声を聞いているうちに、寝不足気味だった俺は、少しづつ意識が薄れていってしまった。目の前のシュンだけが眩しく見えてしまい、俺はいまだに、シュンに恋してるのかもしれないと思っていた。
だけど、シュンには家庭がある。俺だって彼女が居ると、リュウに話しているんだ・・・前のようにシュンに迷惑を掛けるような事になってはいけない――。
 シュンからの仕事の依頼を断われなかった俺としては、かなり気を引き締めて行かなくてはいけないと思った。
シュンを見てるだけで、こんなにクラクラしてるようじゃ絶対マズイだろ?――俺は必死に自分に言い聞かせた。

「それじゃあ、シュンの言う通り、これにするか」
 リュウのその言葉が聞こえてきて、俺は我に返った。
「お待たせしました、これで行きたいと思います。ただ、ここの色をシルバーから、グレーに・・・えっとこんな感じのグレーに変更してもらいたいのですが?」
 伊東さんがそう言って、見本にある色を指差した。
「わかりました」
 俺がメモを書いている手元を、シュンがじっと見ているのが分かり、ひどく緊張した。



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出会わなければ 58
「あの日、空港まで連れて行ったの、俺なんだ」
 しばらく黙っていたリュウがそう言った。俺は何て言ったら良いか、言葉が見つからなかった。
「シュン、ずっと泣いてた」
「・・・」
「いや、さすがにビックリしたよ。シュンがあんなに人の大勢いる所で、男にキスしちゃうなんてさ。マスコミとかに対して慎重なあいつには考えられない行動だったからね。おかげでマネージャーと俺でさぁ・・・あ、今のマネージャーじゃないんだ。あの人は知らない事。俺と前のマネージャーはあの件のもみ消しで大変だったよ」
 大変だった――と言ってるわりに、リュウはやけに楽しそうだった。
だけど・・・・・・俺は、本当に大変な事をしてしまっていたんだ。

「すみませんでした。俺の為に、皆さんに色々ご迷惑掛けてしまって」
 俺は頭を下げるしかなかった。
「いや、渡辺さんは気にしないで下さい。あれも良い宣伝に使えたから・・・」
 リュウが軽い口調で言った。どんな宣伝に使ったか聞きたいような、知らないほうが良いような、そんな気分だった。
「本当に・・・・・・申し訳けありませんでした」
 「もう昔の事ですよ」と言った後、リュウが、楽しそうだった顔を急に真剣な表情に変え、俺を見つめた。

「所で、渡辺さん」
「はい」再び緊張感が高まった。
「今は、恋人がいらっしゃるんですよね」
 その言い方には「居ないと困るんだけど・・・」というニュアンスが含まれているように思えた。
シュンと何かあっては困る――って事なのだろう。

「えぇ、ニューヨークに彼女が・・・」
 俺は嘘をついた。ジョアンとはもう連絡をとっていない。
でも、俺が誰かと付き合っている事が分かれば、俺とシュンの昔の関係を知ってる、シュンの仕事関係者も安心するんじゃないかと思った。
「そうですか・・・」
 リュウはそう言うと、手に持っていた絵を俺に渡した。
「じゃあ、この絵は仕舞っておいて下さい。シュンには絶対見せないで」
「わかりました」
 リュウの顔があまりにも真剣だったので、俺はどんな顔をして良いのか分からなかった。リュウから絵を受け取ると、黙ったまま鞄に仕舞いこんだ。
「あのさ、渡辺さん・・・その絵をかいたのは、何故?」
 突然質問されて答えを探した。何故・・・?それは今でもシュンの事が好きだから。
「シュンさんは、俺の描く『天使』のモデルなんです。俺、煮詰まってきた時とか、天使の絵を描くのが癖になっていて・・・それで、色々な表情を考えていたもので・・・」
 俺は必死に言い訳をした。動揺してるのを悟られてはいけないと、一生懸命自分に言い聞かせながら――。

「そっか、天使・・・ね。ちょっと可哀想な天使だけど」
 リュウが呟くように言った。
どういう意味なのだろう。忙しすぎて、子供にも思うように会えないからなのだろうか?
「え? あの、シュンは・・・いえ、シュンさんは今幸せなんですよね?」
 俺がこの間の見た限りでは、シュンはとても幸せそうに見えた。でも、近くに居る人から見ても、シュンが幸せであって欲しかった。
 俺の質問に、リュウが一瞬間をおいてから俺を見つめ、何か言おうとした。
その時、部屋のドアが開いて、伊東さんとシュンが入ってきた。

「遅くなって済みません」
「お待たせしました。会議、なかなか抜けられなくて・・・」
 シュンがいつもの柔らかい微笑を向けてくれた。

きっとシュンは幸せなはず。だって今、俺の目の前で、天使のように微笑んでいるじゃないか。



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出会わなければ 57
 伊東さんが出て行った後、睨むような視線を俺に向けながらタバコをふかすリュウと、部屋に2人きりになってしまい、何を話して良いのかとても困ってしまった。
 居た堪れなくなった俺は、とりあえず話に関係の無いものを片付けようと思い、手を伸ばして絵を入れてきたファイルを持ち上げた。
次の瞬間、そのファイルの中から、数枚の絵がリュウの前にフワリと落ちた。

「あ、すみません」
 慌てて俺が絵を取ろうとすると、リュウが手を伸ばしそれを押えた。
「渡辺さん、これちょっと見ていいですか?」
 リュウが手に持っていたタバコを灰皿に押し付けながらそう言った。
「・・・はい・・・」
 リュウの手元を見てみると、絵は全てこの仕事の合間に息抜きで描いていたシュンの絵だった。
――何でこれを入れてきてしまったんだろう・・・? 俺は心の中で動揺していた。

「あの、渡辺さん、もしかして以前、隣駅近くにあるカラオケBOXでバイトしてませんでしたか?」
 絵を見ていた視線を俺に移してから、リュウがそう聞いてきた。
 リュウが、カラオケで働いていたのが俺だと思ったのは何故? そう思ったという事は、過去に俺とシュンの間に何かがあったという事を知っている?――俺は、緊張で両手に汗がジットリと滲んで来た。
「はい」
「やっぱり」
 リュウが俺のことを観察するように見ながら言った。その表情は、さっきまでのキツイものではなく、どちらかと言うと楽しげな表情だった。

「たしか5年位前だったかな? シュンが何かと言うとあのカラオケBOXに行きたがってね。気に入った女の子でもいるのかな? とか思ってたんだけど」
「・・・」
 「女の子」・・・普通だったら、若くて可愛い女の子にでも目を付けたのか? なんて思うところだろう――そう思ってから俺は、とても恥かしくなって俯いた。

「会いに行ってた相手って、渡辺さんだったんだね」
「・・・」俺はどう答えて良いのか分からず、黙ってリュウの手元を見つめていた。
「シュンがあんなに他人に興味持った所見たの、初めてだったから・・・」
「え・・・そんな・・・」
「シュンはさ、俺達とバンド始めた頃から、自分の世界には他人を絶対踏み込ませないって感じの所があってね。俺には、シュンが自分を必死に守ってるみたいに思えたな。昔、バンドで何かあったみたいな話をチラッと聞いたけど、誰にも詳しい事は話してくれなかった。でも、そんな風に少し影がある雰囲気がクールに見えて、ファンの女の子にはすごく好評だったけどね。それが、あの頃は、ちょっと違ってたかな。なんだか、いっつも幸せそうだった。誰といても自然体で優しい雰囲気だったし。あれが本来のシュンの姿だったのかもしれないね。ライブでもやけに楽しそうで、ファンの子も驚いてたみたい」
「ホントなんですか? でも、シュンはライブが一番好きだって言ってたから・・・」

「まぁ、好きだったのは前からだろうけど、あんなにハジケテなかったんだよ。でも、そんなシュンが可愛いって、またファンが増えたけんだどね。そう言えば、あいつ、毎日コソコソ携帯見て嬉しそうにしてたっけ。あんな子供みたいなシュンの姿見れたの、あの頃だけかな。俺、あの頃のシュン、結構好きだったなぁ」
 リュウが懐かしそうに話すのを、俺は黙って聞いていた。
 俺の知らない所でシュンがそんな様子だったなんて、思いもよらなかった。ライブの時の少しコミカルなシュンの姿だって、彼の普通の姿だと思っていた。俺がシュンにそんなに影響を与えていたなんて・・・。シュンはそれ程俺の事を? そう思うと胸がまた苦しくなった。



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お休みします…
いつも有難う御座います^^

今日は色々あって、UP出来ませんです。

待っていて下さってる方、ゴメンなさい。

明日、時間があれば…UPしますね。

出会わなければ 56
ついに、シュンの事務所を訪れる日がやって来てしまった。
 SabelのCDジャケットの打ち合わせが終わった後に、本のイラスト件は、他の仕事との兼ね合いで受けられない――と断るつもりでいる。だけど・・・果たして上手く断れるだろうか? シュンを目の前にしたら、その言葉が言えるのかどうか、実は自信が無かった。

 AMSレーベルの受付に行くと、前回と同じようにミーティングルームに通された。
「お待たせしました」
 暫くして部屋のドアが開き、伊東さんに続いて入ってきたのは、幸いシュンではなかった。
次の仕事を断わること、伊東さんになら言いやすいかもしれない。

 今回伊東さんと一緒に来たのは、シュンのバンドのリーダー、リュウだった。
リュウは、やわらかい印象のシュンとは違い、ちょっと取っ付き難い感じがした。
「早速ですが、渡辺さん、よろしくお願いします」
「はい」
 持ってきたイラストをテーブルに並べて、リュウと伊東さんの反応を見ていた。
リュウは考えるようなポーズをしながら、1枚1枚の絵をじっくりと眺め、その横で伊東さんは、万人受けしそうなものをサッと手に取って、さかんに頷いていた。

「どうでしょうか?」
「うん、俺的にはどれもOKだなぁ。伊東さんは?」
 リュウがそう言って伊東さんの顔を見た。
「そうだねぇ・・・俺は、こっちのかな、やっぱり」

 その時、リュウが思い出したように伊東さんに話し掛けた。
「伊東さん、シュン呼んで来てよ。今、6階の会議室に居るはずだから」
「あぁ、そうだね。じゃあ、ちょっと連絡してみよう・・・」
 そう言って伊東さんが電話を掛けようとすると、リュウがそれを止めた。
「シュンがあの打ち合わせ、席外しにくいから、もしこっちに出たほうが良いなら、電話じゃなくて呼びに来て欲しい――って言ってたんだよ」
「そっか。分かった」
 もしかしたら、シュンが来てしまう・・・。そう思っただけで心臓が痛くなりそうだった。
「すみません渡辺さん。ちょっとシュンを呼んで来ますので」
伊東さんがそう言って席を立った。
「はい、分かりました・・・」
 俺は複雑な気持ちで、伊東さんが立ち上がるのを見ていた。

 ――忙しくて、来れなければ良いのに――

弱気な俺は、シュンに会いたくなくて、そんな事を考えていた。



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出会わなければ 55
「はぁ? 何でだよ」
「それが……俺、やっぱり仕事って割り切れそうも無いんだよ。プロじゃないって言われるかもしれないけど、辛いんだよ、シュンの顔見るの・・・頼むよ進藤」
 お前の事信頼しているから言うんだぞ――って気持ちを込めて、進藤の顔を見た。
「お前、この間『もう大丈夫』とか言ってなかったか?」
「それは・・・シュンに会うなんて思ってなかったから・・・」
「そう言われてもなぁ・・・。この間の打ち合わせの時、高梨さんから、シュンの出す本のイラストを、お前にお願いしたいって頼まれたんだよ」
 進藤がそう言って俺の肩を叩いた。
「・・・シュンの本?」
「そう。前から自伝かエッセイを出す話があったそうなんだけど、ずっとシュンが断わり続けていたらしいんだ。でも、先月、再度その話が出た時、シュンが『本のイラストを渡辺タクトさんにお願い出来るなら受けます』って言ったんだと。最近、お前の仕事もイラストの仕事が順調だったから調度良いなって思ってさ」
「それでお前、引き受けたのか?」
「あぁ。」
「ちょっと待ってくれよ」
 Sabelの仕事だって気分的にキツイと思ってるのに、シュン個人のなんて・・・。

 シュンが俺の絵を選んでくれるのは嬉しい事だ。でも、シュンと会う機会が増える事を考えると、俺は、自分のシュンに対する気持ちを抑える自信が無かった。
「断わるのか? 鷹人」
「うーん」
「断わるなら、今度行った時にお前から直接言ってくれよ。俺は断わりたくないんだよ」
 進藤がそう言ってマジメな顔をした。
「何でだよ? そういう事は、いつもお前が・・・」
「ん? じゃあ、どんな理由で断わるんだ?『渡辺タクトは以前、シュンと特別な関係にあって、シュンに会うのは辛いと言ってるので、この話は無かった事に』とか言うのかよ?」
 片眉を上げながら進藤がそう言って俺を見た。
「あのな、もっと普通に断わる方法あるだろ? 他の仕事が入っていてとか・・・」
「だから、それだったら、お前が自分で伝えろよ。俺はこの仕事はやった方が良いと思ってるんだから」
 その時、急に進藤に電話が入ってしまい、「俺からは断わらないからな」と一言残して、俺を部屋から追い出した。
 なんでそんなに俺にシュンの仕事をさせたいんだ? 俺が苦しんでる姿を見るのが楽しいのか?

 いや……俺が前に、いつかシュンの為に絵を描きたいって言ってたのを覚えているからなんだろう。でも、今の俺には出来ないような気がする。シュンの傍に居ると、また、シュンの事をどんどん好きになっていってしまいそうで怖い。やっぱり、今度行った時に丁寧に断わろう。



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出会わなければ 54
 その夜、俺は夢を見た。夢の中では、甘い声でシュンが俺を求め続けた。
――やっぱり愛しているのはシュンだけなんだ――夢の中の俺はそう思っていた。

 数日かけて、CDジャケットの下絵を3種類描いた。どれも気に入っているので、どれが選ばれても良いと思う。
 並行して他の仕事も入っていたので、順番に手をつけて行った。進藤は仕事熱心で良いのだけれど、俺にも限界があるのを分かって欲しい。雑な仕事はしたくないと思っているから。
 一度きちんと話し合っておかないといけないかもしれない。俺は、いつもあいつの口車に乗せられてしまうから。それから・・・Sabel関係の仕事は今回限りにしてもらおう。
 俺はシュンに会って以来、彼を抱く夢ばかりを見ている。単なる欲求不満だとは思えないような気がして、自分でもへこんでいる。
もう過去の思い出に出来たと思っていたのだけれど、違ったのかもしれない。
 俺は夢の中で、シュンに「愛してる」って何度も言った。シュンが「愛しているよ」って答えてくれると苦しくなって目が覚める。――そして俺は、深い溜息を漏らす――。

 家での作業が終わり、事務所に行くと、ちょうど進藤が外出先から戻ってきた所だった。
「おう、鷹人。終わったのか?」
「あぁ。一応ね」
「早いじゃないか。じゃあ、次は・・・」
 進藤が有無を言わさず、話を始めようとした。だけど、今回俺は黙って聞くつもりは無かった。
「ちょっと待った」
「何だよ、早く済ませてしまおうぜ」
 進藤がファイルを出して、次の仕事の説明をしようとしている。
「ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」
「仕事の話の後じゃダメなのか?」
 面倒臭そうな顔をしながら、進藤が俺を見た。
「ダメだよ。仕事の事なんだから」
「ふーん。珍しいな、お前が何か言ってくるのなんて」
 進藤が驚いたような顔をしていた。「珍しい」って、いつも俺に話す隙を与えてくれないからだろう?

「話は2つ」
「ハイハイ、手短に頼むよ」
「まず1つ目。ありがたいけど、仕事とりすぎ。俺、ちょっとは休みたい」
「・・・なんだ、そうだったんだ? お前、早く仕上げるから、もっとやりたいのかと思ってたよ。ま、次のは急がないから、取り合えず頼むよ」
 進藤が机の上に置いてあるファイルを叩いていた。
「お、おう。分かった」
 真意が通じているのか、イマイチ不安なのだが、言う事だけは言ったぞ。
「後は何?」
「あのさ、他に入らないと思うけど、Sabel関係の仕事は今回だけにして欲しいんだよ」
 俺がそう言うと、進藤が呆れたような顔をして俺を見た。




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出会わなければ 53
マンションに帰ると、すぐにソファーに身体を投げ出した。メチャクチャ緊張した・・・。

 ―俺、大好きなんです、この名前の響きが―

シュンの声が今でも耳に残っていた。
 ソファーに寝転がり、さっきまで目の前にいたシュンの事を考えていた。
久しぶりに会って、確かにドキドキした。だけど、もう、多分大丈夫。シュンは家族と幸せに暮らしているようだ。子供の事を話すシュンの瞳は、優しく穏やかだった。きっと、家で子供と一緒に居る時には愛情たっぷりの父親になってるのだろう。
 俺も、こうやってシュンの為に仕事が出来るようになった。ちゃんと望みが叶ったじゃないか・・・。

 色々と考えているうちに、疲れの溜まっていた俺は、ウトウト居眠りを始めていた。
その時、家の電話が急に鳴り出し、まどろみかけていた俺は慌ててソファーから立ち上がり、電話に出た。

「もしもし・・・」
「よ、鷹人。どうだった打ち合わせ?」
 受話器の向こうから、進藤の声が聞こえてきた。
「まぁ、普通に終わったけどさ」
 進藤には色々言いたいことがあって、一瞬何から言おうか迷ってしまった。
「ふーん。そっか」
 進藤の気のない返事が聞こえてきて、ちょっとカチンと来た。
「おい、進藤、お前知ってたんだろ?」
「何をだよ」
 恍けるなよ! シュンの事だよ!
「何をって・・・Sabelの仕事だって事・・・」
「ん? 当たり前だろ?」
 知っていて当然なのは分かっているさ。だけど、何で前もって教えてくれなかったんだよ・・・。
「どうして受けたんだよ?」
「いい仕事だって思ったからだろ」
 良い仕事だからって言ったって・・・。
「じゃ、何で教えなかったんだよ?」
「お前、やりたかったんだろう? あの人の為に描きたかったんだろ?」
 進藤のマジメな声が聞こえてきて、決して俺を困らせる為に引き受けたんじゃないって事は分かった。だけど・・・。
「まぁ・・・そうなんだけど」
「感謝されてもいいと思うんだけどねぇ。それに、お前に教えてたら、迷って決まらないだろ」
「・・・」
 図星だ、進藤の言うとおり。迷って迷って、きっとシュンに会うのはダメだって思って断るだろう。
「仕事なんだからな。ちゃんと割り切れよ」
「分かってるって。もう大丈夫だよ、何年経ったと思ってるんだよ」
 そうだよ、もう、俺達は昔とは違うんだ。
「分かった分かった。お前もちゃんと大人になったよな」
「なんだよ、その言い方・・・」
「いや、別に。んじゃ、頑張れよ。思い出の君の為に」
「何だよ・・・言われなくたって頑張るよ・・・」




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出会わなければ 52
 CDジャケットの打ち合わせを終わらせ、資料を鞄にしまっていると、シュンが突然話し掛けてきた。
「渡辺さんは、タクトさんっていう名前なんですね?」
「え・・・はい・・・」
 突然の質問に驚いて顔を上げると、シュンが俺を見つめていた。視線が合った途端、心臓の鼓動が激しくなる。
 俺は日本に帰ってからも、「渡辺たくと」と言う名前で仕事をしていたのだ。

「子供の名前に似てるんですよ」
 シュンがそう言った。 もしかして、俺って事が分からなかったのだろうか? それとも自分の子供の話をしたかったからなんだろうか? そう思いながら、シュンの顔を見た。
「そうなんですか。お子さんは何というお名前ですか?」
 俺がそう言ったら、シュンが嬉しそうに微笑んだ。やっぱり子供の話がしたかったんだ。相変わらず可愛らしい反応をするんだな・・・。
「タカトって名前なんですよ。俺、息子がとても大切なんです」

 その時、伊東さんがシュンの顔を少し心配そうに見ている事に気がついた。あまりプライベートな話をしてはダメだって事なのだろうか?
「タカト君ですか・・・私の本名と同じですよ」
 俺がそう答えても、シュンが俺を見ている表情は今までと変わらなかった。シュンはやっぱり俺の事、分かっていたんだ。
「偶然ですね・・・。いい名前ですよね、俺、大好きなんです、この名前の響きが」
 シュンが甘く囁くようにそう言った。俺の事を言っているのでは無いと思うのに、ドキドキして居た堪れなくなった。
「お子さんは、お幾つですか?」
 俺は動揺を隠そうと思い、話を続けた。
「シュン、その話は・・・」
 伊東さんが、話を止めようとしたけれど、シュンが静かに首を振り、俺の質問に答えてくれた。
「もうすぐ5歳です。俺は忙しいから、殆ど会えないけど・・・。タカトはどんどん大きくなってます。いつか俺の背も抜かすだろうなぁ」
 柔らかな微笑を浮かべたまま、シュンが俺を見つめていた。
シュンに見つめられ、あまりにも緊張してしいた俺は、思わず手に持っていたファイルを床に落としてしまった。すると、シュンがすぐにそれを拾い、俺に手渡してくれた。
「いい絵、描いて下さい。楽しみにしてます」
 そうだよ・・・頑張って良い作品を描いて、シュンのくれたチャンスを生かさなくちゃいけないんだ――。
「ご期待に添えるよう頑張ります」
 そう答えて、シュンの差し出しているファイルを受け取った。シュンの手がかすかに触れて、胸がトクンと高鳴った。



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出会わなければ 51
 あの頃とあまり変わらないように見える。照れたような笑顔が相変わらず可愛いと思った。でももう、可愛いとかいう年齢でもないだろうけど・・・。色々と考えながら見とれていると、シュンは部屋に入って来て、伊東さんの横、つまり俺の正面に立った。

「Sabelのボーカリストのシュンです」
 伊東さんがシュンを紹介してくれた。
「どうも初めまして、STUIデザインの進藤です」
「初めまして・・・渡辺です」
 名刺を差し出すと、シュンがそれを受け取ってチラッと見た。
「宜しくお願いしますね、渡辺さん」
 シュンはそう言うと、俺の事を真っ直ぐ見つめて右手を出した。俺はその目を見た後、お辞儀をするフリをして視線をそらし握手した。シュンに見つめらると思うと顔が熱い。


「シュンがあなたの個展を見て、とても気に入ったようでして・・・。それで、今度のCDのジャケットを、どうしても渡辺さんにお願いしたいと言うので、こうして来て頂いたんです」

「有り難うございます。そんなに気に入っていただけるなんて光栄です」
 俺は恥かしくてシュンの顔が見られなかった。

 席に付くとすぐに全体的なスケジュールの話が始まった。そして、ジャケットの詳しい打ち合わせに入ろうとした時、高梨さんが席を立った。
「それでは、私達は別の打ち合わせがあるので、ここで失礼させて頂きます」
「あ、はい分かりました。後は私とシュンで話を煮詰めますから・・・」
 伊東さんがそう言って頷いた。
「じゃ、進藤さん行きましょうか」
「分かりました。それでは、私も失礼させて頂きます」
 そう言って進藤は俺を置いて、高梨さんと一緒に出て行ってしまった。


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出会わなければ 50
「了解。で、何時から?」
 自分のやりたかった事が仕事になったわけだから、仕事仕事で忙しくても嬉しい筈なんだけど・・・。
だけど、今日ぐらいは早く帰えってのんびりしたいもんだって思っていた。
「相手の都合で、6時から」
「え・・・? はぁ、6時ねぇ」
 早く帰りたいと思っているのに、そんな時間から打ち合わせなのか・・・。
「で、今度はどんなの描けばいいのさ」
「それは後でのお楽しみ。でさ、俺ちょと予定があるから、顔合わせ終わったら、後の打ち合わせはお前だけでやってもらいたいんだ」
 進藤のマイペースは今に始まった事じゃない。
「はいはい、分かりました。なぁ、行く前に何か少し食ってこうぜ」
「オッケー」
「もちろん進藤の奢りだろ?」
「何言ってんだよ、今はお前の方が金持ちだろうが。俺が奢ってもらいたい位だよ」
「んー、じゃ、割り勘で」
「ったく、セコイよなぁ、渡辺先生は・・・」
 
 2人で軽く食事をしてから、打ち合わせ場所に向った。
「ここなんだけどさ」
 AMSレーベルか・・・結構大手のレコード会社のはずだ。名前は聞いたことがあるけれど、俺は相変わらずこういう世界には疎くて、どんなジャンルの歌手が所属しているのかさえ知らなかった。

 受付の女性に案内されて、長テーブルの置いてあるミーティングルームに入った。
しばらく待っていると、部屋のドアが開き、男性が2人入ってきた。
「どうもお待たせしました。AMSレーベルの高梨です」
 背が高くて体格の良い、40代位の男性がそう言って名刺を出した。
「Sabel担当の伊東と申します」
 高梨さんの隣に並んでいる、メガネをかけた人が頭ペコリと下げた。

――Sabelだって?――俺は、横に居る進藤の顔をチラリと見た。でも、進藤は表情も変えずに、前に並んでいる2人と挨拶を交わしていた。
「――それで、こちらが、デザイナーの渡辺たくとさんです。詳しい話は直接相談して頂けると良いと思いまして」
 進藤は俺が動揺している事に、まるで気付いていないようだった。
「宜しくお願いします」
 伊東さんがそう言って握手を求めてきた。
「こ、こちらこそ」
 俺は「Sabel」と聞いた時から頭の中が真っ白になってしまい、思うように挨拶も出来なかった。
 ――何で、シュンのバンドなんだよ――そう思って心の中で溜息をついていると、ドアが再びノックされた。
 カチャッと開いたドアの方に視線を移してみると、そこにはなんと、シュンその人が立っていたのだ――。


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