「よっ、山崎」
今朝はあいつに会えなかったな――そう思いながらボンヤリとしていると、急に田部のだみ声が聞こえて来た。
「ん・・・何?」
いつもの時間の電車に乗ったのに、何で居なかったんだろう? 風邪でもひいたのだろうか――朝練以外の日に会えないと、妙にへこむんだよな……。
返事をしたものの、あいつの事を考えていた俺は、目の前で俺に話しかけている田部の声ががちっとも耳に入ってこなかった。
「おい、山崎!」
反応の無い俺に腹を立てた田部が俺の頭をパコンと叩いてきた。
「いてーなぁ」
俺が顔を上げて田部を睨むと、田部は呆れたように溜め息をついた。
「なぁ、お前、最近、妙にボケーっとしてる事多いよな? 大丈夫かよ」
田部がそう言いながら俺の隣の席に座ると、心配そうに俺の額に手をあて、自分の額の温度と比べた。
「わっ、大丈夫だって! 何か、そういうことする田部ってキモイ」
俺は慌てて田部の手を払い除け、ガタガタと椅子ごと逃げ出した。
「何言ってんだよ、アホ。人が心配してやってるのに!」
田部がムッとした顔をして、俺の机の上にあった教科書とノートを俺めがけて投げつけてきた。
「人の物投げるなよ! ったく」
俺は、ブツブツと文句を言いながら、足元に落ちている教科書を拾おうと体を屈めた。
「恋でもしちゃっているとか?」
顔を上げた途端、田部にそう言われ、俺は焦って手に持った教科書を落としてしまった。
「そんなんじゃないって。別に何でもない」
俺は体を屈めたまま、ぶっきらぼうに答えた。
あいつの事を考えると、妙に元気になったり気持ちが沈んだり――そんな感じなんだよ…。
ってこれはやっぱり「恋」なのか?
ヤバイよなぁ。一番仲がいいとは言え、田部にだって相談出来ないってば……。
教科書とノートを拾うと、俺は何も無かったかのように、椅子を引きずりながら田部の隣に戻った。
「ま、何でもないなら良いけどさ」
田部は、微妙に疑いの眼差しを向けたまま、机に肘をついて鼻で笑った。
「あぁ、平気平気」
本当はかなりヤバイかも知れないんだけど――俺は思わず心の中で苦笑した。
「さっきの話の続きだけど」
机の中に教科書を押し込んでいると、田部が急に声を潜めながら言った。
「さっきって…何? 悪いけど聞いてなかった」
俺がそう言うと田部が文句を言ってから、もう一度話始めた――。
「西高に行った吉井って覚えてるだろ?」
「あぁ、中3の時、一緒だった奴だろ」
吉井と言えば、頭は良いしスポーツは出来るし、優しいし、おまけに男前。女にモテル奴だったよな。
「そうそう。その天才吉井君がさ、1組の秋山に告白したらしいぞ」
「え? 秋山って…誰? 俺、1組の女子の名前あんまり知らないんだよね」
吉井ってかなりメンクイだったよな…? 俺の知っている限りでは吉井のメガネに敵う女子なんて居ないような気がするけど――。
「女じゃねーよ。秋山保。中3で同じクラスだったじゃん」
俺は田部の言葉の意味を理解するまで、しばらく時間がかかってしまった。
吉井は優等生のモテ男。秋山は男のくせに可愛らしくて、ちょっと頼りなくて、お世話したいタイプの女子から絶大な支持があったっけ――。あの2人、結構仲が良かったよな……。
考えてみると、雰囲気的にも似合っているような気がする――。
「吉井が秋山に…ってマジで?」
そういう世界もありで良いのか? なんて、俺は、ほのかな期待を胸に、田部に聞き返した。
「そ、ありえねーだろ?」
田部の嫌そうな顔を見て、期待するだけバカだったって事が改めてわかった。
俺の気持ちは、やっぱり田部にも話出来ないよなぁ――。
「だって、吉井って彼女居ただろ? 毎年違ってたけど」
考えてみたら、噂話なんて、どこかで間違って伝えられているのかもしれない。吉井にはいつだって、頭が良くて綺麗な彼女がいたはずだ。秋山に告白した…なんて、誰かが話を捻じ曲げて伝えているのかもしれない。
「そうなんだよなー。女に飽きたのかねぇ? なんて言ってたぜ」
田部がニヤケ顔を向けてそう言った。
「誰が?」
「秋山が」
「で、秋山はどうしたんだよ?」
多分、前の俺だったら、「気持ち悪い奴」って吉井の事を笑っていたんじゃないかと思う。だけど、今の俺は、秋山が吉井の気持ちを受け入れてやってると良いんだけど――って思っていた。
「何て答えたか言ってなかったけどさ、もう友達ではいられねーかな、とか言ってたぜ」
「それって、どういう意味さ?」
「…どう…ってさ、そりゃ、もちろん男には興味ないから無理って事だろ?」
俺の頭の中では、吉井が嬉しそうに秋山の方を抱いている姿が浮かんでいた。だけど、現実はやっぱり厳しいようだ。
「やっぱ、そうだよな」
……何だか胸が痛いんですけど? 俺がもし万が一告白したとしても、吉井と同じような運命を辿るんだろうな。
でも、待てよ? もともと友達じゃ無いわけだし――って、ダメだ。卒業する頃ならまだしも、今、会えなくなるような事をしちゃマズイ。
「同じ学校じゃなくて良かった…とも言ってたなぁ、秋山」
「そっか。」
俺は吉井に同情していた。
多分、吉井は一大決心をして秋山に告白したんだろう…。友達で居られなくなるかもしれないのに……
それでも、気持を伝えたかったんだ――。
「なぁ、田部はさ、もし男に告られたらどうする?」
「え? 俺かぁ……メチャメチャ可愛い奴だったら、ちょっとは考えるかな――って、やっぱ無理。俺には美加ちゃんが居るし。男同士なんてあり得ないっしょ? 胸は無いし、ヒゲは生えるし、アレだって付いているんだぜ?」
田部の一言一言が心臓に突き刺さる感じ。。
「そーだよなー」
あいつも、俺と同じ、男の体なんだもんな――元気なく答えた俺に、田部が訝しげな顔を向けた。
「何だよ? 山崎ぃ。もしかして、お前俺のこと好きだとか? わかった。だからそれで悩んでたのか?」
「はー? 何でそうなるんだよ。ありえねー」
そうだよ。男同士とか関係なくて、俺はあいつが好きなんだよな――そう思うと、胸はドキドキするし、顔まで熱くなってきた。
「冗談だったんだけど……何その顔。なぁ、お前、その誘うような目、止めろって」
秋山が冗談とも本気ともつかないようんないような事を言って俺をからかった。
「アホか!」
俺は座ったまま田部に蹴りを入れた。
やっぱ、ありえない。男のあいつに惚れてしまったなんて――でも……。
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